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物上保証人からされた被担保債権の将来の弁済を原因とする抵当権設定登記又はいわゆる仮登記担保権の仮登記の抹消登記手続請求における弁済と抹消登記手続義務との関係(引換給付判決は違法,弁済を条件とする抹消登記はOK)

昭和63年4月8日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
物上保証人からされた被担保債権の将来の弁済を原因とする抵当権設定登記又はいわゆる仮登記担保権の仮登記の抹消登記手続を求める請求は、将来物上保証人が被担保債権を弁済することを条件としても、認容することができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/324/062324_hanrei.pdf

一 上告代理人の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二 同第二点について

原判決は、被上告人の反訴請求を認容するに当たり、上告人が訴外D工業株式会社(「D工業」)から同社が訴外Eらに対して有する金三五〇〇万円の債権及びこれを担保するため本件建物に設定された抵当権及び所有権移転請求権仮登記上の権利(「本件担保権」)を譲り受けたと認定したうえ、

(1) 本件建物はいずれ収去される運命にあつて価値がないに等しいものの、

(2) 当事者らは本件建物ないしは本件建物に設定された抵当権の価値をいずれも金二
四〇〇万円ないし金二五〇〇万円と解しており、

(3) 本件建物は被上告人が関与することによつて右の価値を有するに至つたというべきであり、

(4) 上告人が本件抵当権付債権を取得した経緯に照らせば、上告人が本件訴訟において本件抵当権によつて担保される債権が金三五〇〇万円ないしはそれに附帯する利息損害金である旨を主張することは許されず、

(5) 抵当権によつて担保される債権額は究極的には当該不動産の価値を限度とすることに照らせば、本件建物によつて担保される債権額は金二五〇〇万円であると解するのが相当であると説示する。

しかし、原判決説示に係る右の諸事情があるとしても、被担保債権額が金二五〇〇万円に限定される理由とはならないから、原審の右判断を是認することはできない。

また、原判決挙示の乙第一二号証(不動産登記簿謄本)には、本件抵当権の被担保債権として、債務者を訴外三和企業組合とする昭和四〇年九月三〇日債務弁済契約の返還債権三五〇〇万円並びに日歩三銭の割合による利息及び日歩五銭の割合による損害金である旨の記載があるのに、原判決においては右被担保債権の発生原因事実も、右債権と上告人がD工業から譲り受けたとされる同社と訴外Eらに対する債権との関係も説示されず、更に、D工業から上告人への債権譲渡契約又は上告人から訴外F及び同Gへの債権譲渡契約における各譲渡債権の内容又は右各譲渡債権と本件担保権との関係についての審理も尽くされていない。

以上によれば、原判決には、被担保債権額の認定に関して審理不尽ひいては理由不備の違法があるといわなければならず、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三 ところで、原審は、被上告人の反訴請求について、上告人に対して、被上告人から被担保債権の弁済を受けるのと引換えに本件抵当権の登記及び本件仮登記の各抹消登記手続をするよう命じている。

しかしながら、被担保債権の弁済は抵当権設定登記の抹消登記手続に対して先履行の関係に立つものであつて、同時履行の関係に立つものではないから(大審院明治三七年一〇月一四日判決、最高裁昭和四一年九月一六日第二小法廷判決、最高裁昭和五七年一月一九日第三小法廷判決)、たとえ、将来の給付の訴えの利益が認められ、かつ、弁済すべき被担保債権の額を確定することができるときであつても、抵当権設定登記の抹消登記手続を求める請求は、将来債務者又は物上保証人が被担保債権を弁済すること(物上保証人にあつては、被担保債権を債務者に代わつて弁済することによつて取得した抵当権が所有権と混同して消滅すること)を条件として、許容することができるにとどまると解するのが相当である。そして、右の理は、金銭債権を担保することを目的としてされた代物弁済の予約等を原因とする所有権移転請求権の仮登記の抹消登記手続を求める請求についても、変わるものではない。

原審が、右と異なる見解のもとに、被担保債権の弁済と引換えに本件抵当権の登記及び本件仮登記の各抹消登記手続を命じたことは、同時履行の抗弁権に関する民法五三三条の規定の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならす、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

四 そうすると、原判決中、反訴請求を認容した部分は、前記のとおり判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるから、破棄を免れない。そして、本件においては、本件担保権に係る被担保債権の額につき更に審理を尽くさせるため反訴請求に関する部分を原審に差し戻すことが相当である。

五 よつて、原判決中、反訴請求に関する部分を破棄し、右破棄部分につき本件を原審裁判所に差し戻し、その余の部分については論旨は理由がないので本件上告を棄却することとし、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。