最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

譲渡担保権設定者の受戻権放棄による清算金支払請求の可否

平成8年11月22日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
譲渡担保権設定者は、譲渡担保権者が清算金の支払又は提供をせず、清算金がない旨の通知もしない間に譲渡担保の目的物の受戻権を放棄しても、譲渡担保権者に対して清算金の支払を請求することはできない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/533/052533_hanrei.pdf

一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 上告人は、昭和五九年三月末ころ、亡Dに対し一億八〇〇〇万円を貸し渡し、その担保として、D所有の第一審判決添付別紙物件目録記載の土地(「本件土地」)について帰属清算型の譲渡担保権の設定を受け、譲渡担保を原因とするDから上告人への所有権移転登記が経由された。

 2 Dは、右貸金債務の弁済期にその支払を怠り、同債務につき履行遅滞に陥った。

 3 その後、Dは死亡し、その相続財産法人である被上告人の相続財産管理人は、上告人が清算金の支払又は提供をせず、清算金がない旨の通知もしない間に、上告人に対し、本件土地の受戻権を放棄する旨を通知して、清算金の支払を請求した。

 4 上告人は、Dの死後、本件土地を使用して駐車場を経営し、右受戻権放棄の通知までの間に一三二〇万円の収益を得た。被上告人の相続財産管理人は、上告人の得た右収益は不当利得に当たるとして、第一審の口頭弁論期日において、これを自働債権とし、右貸金債務と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

 二 本件訴訟は、被上告人が、本件土地の受戻権を放棄したことにより上告人に対し清算金支払請求権を取得したとして、本件土地の評価額から右相殺後の貸金残額を控除した金額に相当する清算金の内金の支払を請求するものである。 

原審は、右事実関係を前提とし、譲渡担保権設定者は、被担保債務の履行を遅滞した後は受戻権行使の利益を放棄することができるのであるから、譲渡担保権者が清算金の支払又は提供をせず、清算金がない旨の通知もしない間であっても、譲渡担保権者に対し受戻権行使の利益を放棄することにより清算金の支払を請求することができると判断して、本件土地の評価額から右相殺後の貸金残額を控除した範囲で被上告人の清算金支払請求を認容すべきものとした。

 三 しかしながら、譲渡担保権設定者は、譲渡担保権者が清算金の支払又は提供をせず、清算金がない旨の通知もしない間に譲渡担保の目的物の受戻権を放棄しても、譲渡担保権者に対して清算金の支払を請求することはできないものと解すべきである。

けだし、譲渡担保権設定者の清算金支払請求権は、譲渡担保権者が譲渡担保権の実行として目的物を自己に帰属させ又は換価処分する場合において、その価額から被担保債権額を控除した残額の支払を請求する権利であり、他方、譲渡担保権設定者の受戻権は、譲渡担保権者において譲渡担保権の実行を完結するまでの間に、弁済等によって被担保債務を消滅させることにより譲渡担保の目的物の所有権等を回復する権利であって、両者はその発生原因を異にする別個の権利であるから、譲渡担保権設定者において受戻権を放棄したとしても、その効果は受戻権が放棄されたという状況を現出するにとどまり、右受戻権の放棄により譲渡担保権設定者が清算金支払請求権を取得することとなると解することはできないからである。

また、このように解さないと、譲渡担保権設定者が、受戻権を放棄することにより、本来譲渡担保権者が有している譲渡担保権の実行の時期を自ら決定する自由を制約し得ることとなり、相当でないことは明らかである。

 四 そうすると、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に判示したところによれば、被上告人の本件請求は理由がないから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、これを棄却すべきものである。