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買戻特約付売買契約の形式を採りながら目的不動産の占有の移転を伴わない契約の性質

平成18年2月7日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
買戻特約付売買契約の形式が採られていても,目的不動産の占有の移転を伴わない契約は,特段の事情のない限り,債権担保の目的で締結されたものと推認され,その性質は譲渡担保契約と解するのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/427/052427_hanrei.pdf

 

1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 上告人株式会社A1興産(「上告会社」)は,平成13年12月13日当時,第1審判決別紙物件目録記載の建物(「本件建物」)及びその敷地である同目録記載の土地(「本件土地」)を所有していた。

(2) 平成12年11月13日,被上告人は,上告人A2に対し,利息を月3分とする約定で,1000万円を貸し付け(以下「別件貸付け」という。),その担保として,有限会社Dとの間で,同社の所有する土地及び建物について譲渡担保契約を締結した(「別件契約書」)。

(3) 上告人A2は,別件貸付けに係る利息ないし遅延損害金として,同年12月12日,平成13年2月5日,同年3月6日,同年5月8日,同年6月8日にそれぞれ30万円を支払ったのみで,それ以降の弁済をしなかった。そこで,被上告人は,別件貸付けに係る債権について,少なくとも利息を回収するため,上告人A2が代表取締役を務める上告会社との間で,上告会社所有の本件土地建物について買戻特約付売買契約を締結することを考えた。

(4) 平成13年12月13日,被上告人と上告会社とは,いったん,本件土地の売買代金を700万円,本件建物の売買代金を100万円,買戻期間を平成14年2月28日までとする買戻特約付売買契約を締結することに合意して契約書(「変更前契約書」)を作成し,司法書士に対し,登記手続を依頼した。

(5) しかし,被上告人代表者は,司法書士が退去した後,売買代金は,合計800万円ではなく,合計750万円でなければ契約を締結することができないと言い出し,上告人A2も,750万円の方が買戻しをしやすいとしてこれに応じたことから,被上告人と上告会社は,本件土地の売買代金を650万円,本件建物の売買代金を100万円とし,上告会社は平成14年3月12日までに上記売買代金相当額及び契約の費用を提供して本件土地建物を買い戻すことができる旨の内容の買戻特約付売買契約(「本件契約」)を締結し,変更前契約書の内容を改めた契約書(「本件契約書」)を作成した。

(6) 被上告人は,本件契約日に,上告会社に対し,売買代金750万円のうち400万円を支払うこととしたが,上告会社の了承の下,400万円から,買戻権付与の対価として67万5000円,別件貸付けの利息9か月分として270万円,登記手続費用等の支払に充てるべく司法書士に預託した41万円,以上合計378万5000円を控除し,21万5000円を上告会社に交付した。
別件貸付けの利息として支払われた270万円の領収証には,そのただし書欄に「利息」と明記されているのに対し,買戻権付与の対価として支払われた67万5000円の領収証にはその記載がない。

(7) 本件契約日の翌日,被上告人は,司法書士が本件土地建物について変更前契約書の内容で登記手続を完了したことを確認し,上告会社に対し,売買代金の残金350万円を支払った。

(8) 上告会社は,平成14年3月12日までに本件契約に基づく買戻しをしなかった。

(9) 本件契約には,買戻期間内に本件土地建物を上告会社から被上告人に引き渡す旨の約定はなく,本件建物は本件契約日以降も上告人らが共同して占有している。

(10) 本件訴訟は,被上告人が上告人らに対し,本件契約は民法の買戻しの規定が適用される買戻特約付売買契約(「真正な買戻特約付売買契約」)であり,被上告人は本件契約によって本件建物の所有権を取得したと主張して,所有権に基づき本件建物の明渡しを求めるものであり,上告人らは,本件契約は譲渡担保契約であるから被上告人は本件建物の所有権を取得していないと主張して,これを争っている。

 2 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断し,被上告人の請求をいずれも認容すべきものとした。

(1) 別件契約書には,「買戻約款付譲渡担保契約書」という標題が付されているが,変更前契約書にも,本件契約書にも,「買戻約款付土地建物売買契約書」という標題が付されている。

(2) 上告人らは,被上告人が控除した67万5000円は本件契約による貸付けに係る3か月分の利息であると主張するが,別件貸付けの利息として支払われた270万円の領収証にはそのただし書欄に「利息」と明記されているのに対し,買戻権付与の対価として支払われた67万5000円の領収証にはその記載がないので,これを認めることはできない。

(3) 上告人らは,上告会社は被上告人から371万5000円しか受け取っておらず,このような少額の代金で上告会社が時価1800万円を下らない本件土地建物を売却するはずはないと主張するが,上告会社が371万5000円しか受け取ることができなかったのは,買戻権付与の対価,別件貸付けに係る利息,登記手続費用の合計378万5000円が控除されたからにほかならず,本件土地建物は飽くまで750万円と評価されているし,本件土地建物の時価が1800万円を下らないと認めるに足りる証拠もない。

(4) したがって,本件契約は,譲渡担保契約ではなく,真正な買戻特約付売買契約と認められる。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 真正な買戻特約付売買契約においては,売主は,買戻しの期間内に買主が支払った代金及び契約の費用を返還することができなければ,目的不動産を取り戻すことができなくなり,目的不動産の価額(目的不動産を適正に評価した金額)が買主が支払った代金及び契約の費用を上回る場合も,買主は,譲渡担保契約であれば認められる清算金の支払義務(最高裁昭和46年3月25日第一小法廷判決)を負わない(民法579条前段,580条,583条1項)。

このような効果は,当該契約が債権担保の目的を有する場合には認めることができず,買戻特約付売買契約の形式が採られていても,目的不動産を何らかの債権の担保とする目的で締結された契約は,譲渡担保契約と解するのが相当である。

そして,真正な買戻特約付売買契約であれば,売主から買主への目的不動産の占有の移転を伴うのが通常であり,民法も,これを前提に,売主が売買契約を解除した場合,当事者が別段の意思を表示しなかったときは,不動産の果実と代金の利息とは相殺したものとみなしている(579条後段)。

そうすると,【要旨】買戻特約付売買契約の形式が採られていても,目的不動産の占有の移転を伴わない契約は,特段の事情のない限り,債権担保の目的で締結されたものと推認され,その性質は譲渡担保契約と解するのが相当である。

(2) 前記事実関係によれば,本件契約は,目的不動産である本件建物の占有の移転を伴わないものであることが明らかであり,しかも,債権担保の目的を有することの推認を覆すような特段の事情の存在がうかがわれないだけでなく,かえって,

① 被上告人が本件契約を締結した主たる動機は,別件貸付けの利息を回収することにあり,実際にも,別件貸付けの元金1000万円に対する月3分の利息9か月分に相当する270万円を代金から控除していること,

② 真正な買戻特約付売買契約においては,買戻しの代金は,買主の支払った代金及び契約の費用を超えることが許されないが(民法579条前段),被上告人は,買戻権付与の対価として,67万5000円(代金額750万円に対する買戻期間3か月分の月3分の利息金額と一致する。)を代金から控除しており,上告会社はこの金額も支払わなければ買戻しができないことになることなど,本件契約が債権担保の目的を有することをうかがわせる事情が存在することが明らかである。

したがって,本件契約は,真正な買戻特約付売買契約ではなく,譲渡担保契約と解すべきであるから,真正な買戻特約付売買契約を本件建物の所有権取得原因とする被上告人の上告人らに対する請求はいずれも理由がない。

 4 以上によれば,本件契約を真正な買戻特約付売買契約と解し,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由がある。したがって,原判決を破棄し,被上告人の請求を認容した第1審判決を取り消した上,被上告人の請求をいずれも棄却することとする。