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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

自動車の買主が,当該自動車が車台の接合等により複数の車台番号を有することが判明したとして,錯誤を理由に売買代金の返還を求めたのに対し,売主が移転登録手続との同時履行を主張することが信義則上許されないとされた事例

平成21年7月17日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
Xが,Yから購入して転売した自動車につき,Yから転売先に直接移転登録がされた後,車台の接合等により複数の車台番号を有するものであったことが判明したとして,Yに対し錯誤による売買契約の無効を理由に売買代金の返還を求めた場合において,Yは本来新規登録のできない上記自動車について新規登録を受けた上でこれをオークションに出品し,XはYにより表示された新規登録に係る事項等を信じて上記自動車を買い受けたものであり,上記自動車についてのXからYへの移転登録手続には困難が伴うなどの判示の事情の下では,仮にYがXに対し上記自動車につきXからYへの移転登録請求権を有するとしても,Xからの売買代金返還請求に対し,Yが上記自動車についての移転登録手続との同時履行を主張することは,信義則上許されない。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/842/037842_hanrei.pdf

 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,中古自動車の販売及び輸出入等を業とする有限会社であり,被上告人は,自動車の販売及び修理並びに輸出入等を業とする株式会社である。

(2) 被上告人は,平成15年7月15日ころ,中古自動車である別紙自動車目録記載の自動車(ただし,当時は自動車登録がされていなかった。以下「本件自動車」という。)を取得し,同年8月11日,自動車登録番号を「名古屋800せ7575」,所有者を被上告人とする新規登録(以下「本件新規登録」という。)を受けた上,同月29日,Aにより開催された自動車オークションに,次のとおり表示してこれを出品した。
自動車登録番号 名古屋800せ7575
車名 シボレー(アストロ ローライダー)

初年度登録 平成9年12月
年式 1998年式
車台番号 神[42]7111129神
シリアル番号 1GNDM19WXWB122016
走行距離 2万7430マイル
セールスポイント 新車並行
なお,「新車並行」とは,我が国に輸入された時点で新車であり,我が国の正規ディーラーを介さずに直接輸入された自動車であることを意味する。

(3) 上告人は,平成15年8月29日,前記(2)の表示を信じて,被上告人から本件自動車を代金169万2600円で買い受けて(以下,この契約を「本件売買契約」という。),その引渡しを受け,同年9月26日,Bに対し,これを転売し,引き渡した。そして,本件自動車について,同日,自動車登録番号を「八王子830す8118」,所有者をC,使用者をBとする移転登録がされた。

(4) ところが,本件自動車は,2台の異なる自動車,すなわち,車台番号「神[42]7111129神」,シリアル番号「1GNDM19WXWB122016」とされる1998年式シボレー(以下「第1自動車」という。)と,車台番号「愛[51]011001愛」,シリアル番号「1GNDM19W6TB116998」とされる1996年式シボレー(以下「第2自動車」という。)の各車台を接合したものであり,その車台のうちリアゲート支柱付近の部分は第1自動車のものであるが,それ以外の部分は第2自動車のものであり,フレーム側面中央には第2自動車の車台番号が打刻され,右前ドア裏面には第2自動車のシリアル番号が記載されたステッカーが貼付されていた。第2自動車は,我が国に輸入された時点で既に中古車であり,平成13年2月に自動車登録番号を「名古屋800す7486」,所有者をD,使用者をEとする新規登録がされ,自動車検査証の有効期間の満了日は平成15年2月1日であったものの,いまだ抹消登録はされていない。本件自動車は,時期は不明であるが,何者かが,第1自動車の車台からその車台番号が打刻されているリアゲート支柱付近部分のみを解体して第2自動車の車台に接合するとともに,第2自動車の本来の車台番号を黒色塗装して覆い隠すなどして,第2自動車をあたかも第1自動車であるかのように偽装したものであった。本件自動車については,被上告人の申請により新規登録がされたが,それは,愛知運輸支局において,上記車台の接合等の事実に気付かず,本件自動車が第1自動車であるとしてされたものであった。

(5) 平成16年9月ころ,Bが本件自動車の修理を修理業者に依頼したところ,本件自動車が上記のように車台の接合等がされた自動車(以下「接合自動車」という。)であり,その性状が前記(2)の本件売買契約における表示とは異なるものであったことが判明した。上告人は,同年12月ころ,Bからの要求を受けて本件自動車を買い戻した上,オークションを開催したAに対しクレームを申し立て,同社を介して被上告人と本件売買契約の解除の交渉をしたが,被上告人はこれに応じなかった。

2 本件は,上告人が被上告人に対し,本件売買契約が錯誤により無効であるとして,本件自動車の売買代金の返還等を求め,これに対して,被上告人が,本件自動車についての上告人から被上告人への移転登録請求権及び引渡請求権を上告人に対して有するとして,これに基づき,被上告人が上告人から本件自動車の移転登録手続を受け,かつ,その引渡しを受けることとの引換給付を求める旨の同時履行の抗弁を主張する事案である。

3 原審は,本件自動車は接合自動車であったのであるから,本件売買契約は,目的物である本件自動車の性状に錯誤があったものとして無効であり,被上告人は,上告人に対し,不当利得として売買代金相当額169万2600円を返還すべき義務を負うとした上,上告人の売買代金返還請求権は売買契約が無効になって生じたものであるから,本件自動車についての移転登録手続及び引渡しと履行上の牽連関係が認められるとして,民法533条を類推適用し,被上告人に対し,上告人から本件自動車につき移転登録手続を受け,かつ,その引渡しを受けるのと引換えに,169万2600円を支払うことを求める限度で,上告人の請求を認容すべきものとした。

4 原審の判断のうち,上告人の売買代金返還請求について,本件自動車の引渡しとの引換給付を認めた点は是認することができるが,これに加えて,本件自動車の移転登録手続との引換給付も認めた点は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

道路運送車両法は,自動車をその車台に打刻された車台番号によって特定した上,その自動車の自動車登録ファイルへの登録をするものとしており(道路運送車両法7条,8条,12条,15条,29条~33条等参照),1台の自動車につき複数の車台番号が存在したり,複数の自動車登録がされるということを予定していない。

前記事実関係によれば,本件自動車については,車台の接合等がされたことにより,その車台に二つの車台番号が打刻されているというのであるから,そのいずれの車台番号が真正なものであるかを確定することができない以上,1台の自動車に複数の車台番号が存在するという状態(「複数車台番号状態」)となっているものであり,少なくともその状態のままでは新規登録や移転登録をすることは許されないものと解される。

したがって,仮に被上告人が本件売買契約に基づいて移転された登録名義を回復するために,上告人に対して被上告人の主張するような移転登録請求権を有するとしても,上告人が被上告人からの移転登録請求に応じるためには,本件自動車について移転登録が可能なように複数車台番号状態を解消する必要があるが,それが容易に行い得るものであることをうかがわせる資料はなく,本件自動車の車台の状態等からすると,上告人から被上告人への移転登録手続は,仮に可能であるとしても,困難を伴うものといわざるを得ない。

そして,前記事実関係によれば,被上告人は,本来新規登録のできない本件自動車について本件新規登録を受けた上でこれを自動車オークションに出品し,上告人は,その自動車オークションにおいて,被上告人により表示された本件新規登録に係る事項等を信じて,本件自動車を買い受けたというのであるから,本件自動車が接合自動車であるために本件売買契約が錯誤により無効となるという事態も,登録名義の回復のための上告人から被上告人への移転登録手続に困難が伴うという事態も,いずれも被上告人の行為に基因して生じたものというべきである。

そうすると,本件自動車が,被上告人が取得した時点で既に接合自動車であり,被上告人が本件新規登録を申請したことや,本件自動車を自動車オークションに出品したことについて,被上告人に責められるべき点がなかったとしても,本件自動車が接合自動車であることによる本件売買契約の錯誤無効を原因とする売買代金返還請求について,複数車台番号状態であるために困難を伴う本件自動車の移転登録手続との同時履行関係を認めることは,上告人と被上告人との間の公平を欠くものといわざるを得ない。

したがって,仮に被上告人が上告人に対し本件自動車について上告人から被上告人への移転登録請求権を有するとしても,上告人からの売買代金返還請求に対し,同時履行の抗弁を主張して,被上告人が上告人から本件自動車についての移転登録手続を受けることとの引換給付を求めることは,信義則上許されないというべきである。

5 以上と異なる原審の判断には判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,その趣旨をいうものとして理由がある。そして,以上説示したところによれば,上告人の売買代金返還請求は,被上告人に対し,上告人から本件自動車の引渡しを受けるのと引換えに169万2600円を支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。したがって,これと異なる原判決を主文のとおり変更することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官中川了滋,同古田佑紀の補足意見がある。