最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというための要件

 平成25年2月28日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
1 既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要する。
2 時効によって消滅した債権を自働債権とする相殺をするためには,消滅時効が援用された自働債権は,その消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/023/083023_hanrei.pdf

 

 1 本件の本訴請求は,被上告人が,自己の所有する不動産に設定した根抵当権について,その被担保債権である貸付金債権が相殺等により消滅したとして,上告人に対し,所有権に基づき,根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるものであり,反訴請求は,上告人が,被上告人に対し,上記貸付金の残元金27万6507円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるものである。被上告人による上記相殺につき,被上告人は自働債権の時効消滅以前に相殺適状にあったから民法508条によりその相殺の効力が認められると主張するのに対し,上告人は同相殺が無効であると主張して争っている。

 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,貸金業者である上告人との間で,平成7年4月17日から平成8年10月29日まで,利息制限法所定の制限を超える利息の約定で継続的な金銭消費貸借取引を行った。この取引の結果,同日時点において,18万0953円の過払金が発生していた(「本件過払金返還請求権」)。

 (2) 被上告人は,平成14年1月23日,貸金業者であるA株式会社との間で,金銭消費貸借取引等による債務を担保するため,自己の所有する第1審判決別紙物件目録記載の各不動産に極度額を700万円とする根抵当権(「本件根抵当権」)を設定した。
 Aは,同月31日,被上告人に対し,457万円を貸し付けた。この金銭消費貸借契約には,被上告人が同年3月から平成29年2月まで毎月1日に約定の元利金を分割弁済することとし,その支払を遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(「本件特約」)があった。
 上告人は,平成15年1月6日,Aを吸収合併する旨の登記を完了して,被上告人に対する貸主の地位を承継した。
 被上告人は,A及び上告人に対し,上記の貸付けに係る元利金について継続的に弁済を行い,平成22年6月2日の時点において,残元金の額は188万8111円であった(「本件貸付金残債権」)。被上告人は,同年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって期限の利益を喪失した。

 (3) 被上告人は,平成22年8月17日,上告人に対し,本件過払金返還請求権を含む合計28万1740円の債権を自働債権とし,本件貸付金残債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。さらに,被上告人は,同年11月15日までに,上告人に対し,上記の相殺が有効である場合における本件貸付金残債権の残元利金に相当する166万8715円を弁済した。

 (4) 本件根抵当権の元本は確定しているところ,被上告人は,上記の相殺及び弁済により,その被担保債権は消滅したと主張している。

 (5) 上告人は,平成22年9月28日,被上告人に対し,本件過払金返還請求権については,上記(1)の取引が終了した時点から10年が経過し,時効消滅しているとして,その時効を援用する旨の意思表示をした。

 3 原審は,次のとおり判断して,本訴請求を認容すべきものとし,反訴請求を棄却した。

 (1) 本件貸付金残債権は,貸付けの時点で発生し,被上告人としては,期限の利益を放棄しさえすれば,これを受働債権として本件過払金返還請求権と相殺することができたのであるから,Aの吸収合併により上告人と被上告人との間で債権債務の相対立する関係が生じた平成15年1月6日の時点で,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とは相殺適状にあったといえる。

 (2) そうすると,被上告人は,民法508条により,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とを対当額で相殺することができるから,本件根抵当権の被担保債権である貸付金債権は,相殺及び弁済により全て消滅した。

 4 しかしながら,原審の相殺に関する上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

民法505条1項は,相殺適状につき,「双方の債務が弁済期にあるとき」と規定しているのであるから,その文理に照らせば,自働債権のみならず受働債権についても,弁済期が現実に到来していることが相殺の要件とされていると解される。

また,受働債権の債務者がいつでも期限の利益を放棄することができることを理由に両債権が相殺適状にあると解することは,上記債務者が既に享受した期限の利益を自ら遡及的に消滅させることとなって,相当でない。

したがって,既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには,受働債権につき,期限の利益を放棄することができるというだけではなく,期限の利益の放棄又は喪失等により,その弁済期が現実に到来していることを要するというべきである。

 5 これを本件についてみると,本件貸付金残債権については,被上告人が平成22年7月1日の返済期日における支払を遅滞したため,本件特約に基づき,同日の経過をもって,期限の利益を喪失し,その全額の弁済期が到来したことになり,この時点で本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権とが相殺適状になったといえる。

そして,当事者の相殺に対する期待を保護するという民法508条の趣旨に照らせば,同条が適用されるためには,消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される。

前記事実関係によれば,消滅時効が援用された本件過払金返還請求権については,上記の相殺適状時において既にその消滅時効期間が経過していたから,本件過払金返還請求権と本件貸付金残債権との相殺に同条は適用されず,被上告人がした相殺はその効力を有しない。

そうすると,本件根抵当権の被担保債権である上記2(2)の貸付金債権は,まだ残存していることになる。

 6 以上と異なり,本件過払金返還請求権を自働債権とし,本件貸付金残債権を受働債権とする相殺の効力を認めた原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,原判決中主文第1項に係る被上告人の本訴請求部分は理由がないから,同部分につき,第1審判決を取り消し,被上告人の本訴請求を棄却することとする。また,原判決中主文第2項に係る上告人の反訴請求部分については,上記2(2)の貸付金債権の残額等につき更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。