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破産債権者が破産宣告の時において期限付又は停止条件付であり破産宣告後に期限が到来し又は停止条件が成就した債務に対応する債権を受働債権とし破産債権を自働債権として相殺をすることの可否

平成17年1月17日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
破産債権者は,破産者に対する債務がその破産宣告の時において期限付又は停止条件付である場合には,特段の事情のない限り,期限の利益又は停止条件不成就の利益を放棄したときだけでなく,破産宣告後に期限が到来し又は停止条件が成就したときにも,旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)99条後段の規定により,その債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権として相殺をすることができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/330/052330_hanrei.pdf

 第1 事案の概要

 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,平成8年3月28日,甲(「破産者」)が代表取締役を務める乙株式会社との間で,同社所有の第1審判決別紙物件目録記載の建物(「本件建物」)について,保険期間を同月29日午後4時から平成9年3月29日午後4時までとする店舗総合保険契約を締結した。
 破産者は,上記店舗総合保険契約に係る火災保険金(「店舗総合保険金」)を詐取しようと企て,本件建物に放火したため,同年1月16日,本件建物及び本件建物内の機械,設備,工具類が全焼した(「本件火災」)。
 本件火災が破産者の放火によるものであることを知らなかった被上告人は,本件火災による損害額を調査するため,株式会社D鑑定事務所に損害額の鑑定を依頼し,その費用として35万6769円を支払い,同年2月18日,乙株式会社に対し,上記店舗総合保険契約に基づき,本件火災を原因として店舗総合保険金2514万9440円を支払った。 

 被上告人は,本件火災が破産者の放火によるものであることが発覚した後,破産者を被告として,保険金詐取の不法行為による損害賠償等を求める訴訟(「別件訴訟」)を提起し,訴訟追行を弁護士に委任した。

 (2) 破産者は,平成11年2月19日,岡山地方裁判所において破産宣告を受け,上告人が破産管財人に選任された。上告人は,別件訴訟の訴訟手続を受継した。

 (3) 被上告人は,破産者との間で,原判決別紙保険契約一覧表番号1から52まで記載の積立普通傷害保険契約等の保険契約(以下,同一覧表記載の番号に従い,「番号1の保険契約」などという。)を締結していた。
 破産者が破産宣告を受けた時点において,番号1から21までの各保険契約については既に満期が到来していたが,番号22から52までの各保険契約については満期が未到来であった。なお,番号22から47まで及び番号50から52までの各保険契約は積立保険契約であり,番号48及び49の各保険契約はいわゆる掛け捨て型の保険契約である。
 番号22から24までの各保険契約については,破産宣告後の平成11年3月23日又は24日に満期が到来し,番号25から52までの各保険契約については,同年4月2日に上告人が被上告人に対して解約の意思表示をした。
 番号1から21までの各保険契約に基づく満期返戻金は合計1133万2950円であり,番号22から24までの各保険契約に基づく満期返戻金及び番号25から52までの各保険契約に基づく解約返戻金(「本件返戻金」)は合計2229万1040円である。

 (4) 被上告人は,平成11年5月15日,上告人に対し,破産者の保険金詐取の不法行為に基づき3086万1829円(店舗総合保険金2514万9440円,損害額調査費用35万6769円,被上告人が別件訴訟の追行のために要する弁護士費用255万円及び以上の損害合計2805万6209円に対する上記保険金の支払日の翌日である平成9年2月19日から破産宣告の日の前日である平成11年2月18日までの年5分の割合による遅延損害金280万5620円の総合計額)の損害賠償債権を有するとして,これを自働債権とし,上告人の番号1から52までの各保険契約に基づく満期返戻金債権又は解約返戻金債権合計3362万3990円を受働債権として,対当額で相殺をする旨の意思表示をし(「本件相殺」),同年5月19日,本件相殺後の残額276万2161円を支払った。
 なお,本件相殺により,上記損害賠償債権と破産宣告前に満期が到来していた番号1から21までの各保険契約に基づく満期返戻金債権1133万2950円とが対当額で消滅したことについては,当事者間に争いがない。

 (5) 上告人は,被上告人に対し,破産宣告後の満期到来又は解約を理由に,本件返戻金合計2229万1040円から弁済を受けた276万2161円を控除した未払金1952万8879円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起した。
 これに対し,被上告人は,本件相殺により本件返戻金の未払金債務は消滅したと主張し,上告人は,本件返戻金債務は,破産宣告後に期限が到来し,又は破産宣告後に停止条件が成就したものであるから,本件返戻金債権を受働債権として相殺をすることはできないと主張して争っている。

 (6) 第1審は,本件訴訟を別件訴訟に併合して審理した上,被上告人の別件訴訟に係る訴えを却下し,第1審判決のうちこの部分は確定した。

 2 原審は,被上告人の主張する本件返戻金債権を受働債権とする相殺を有効と認め,この相殺は無効であるとして上告人の請求を認容した第1審判決を取り消し,上告人の請求をすべて棄却した。

 第2 上告人の上告受理申立て理由1(ただし,(4)を除く。)について 

旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの。以下「法」という。)99条後段は,破産債権者の債務が破産宣告の時において期限付又は停止条件付である場合,破産債権者が相殺をすることは妨げられないと規定している。

その趣旨は,破産債権者が上記債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権とする相殺の担保的機能に対して有する期待を保護しようとする点にあるものと解され,相殺権の行使に何らの限定も加えられていない。そして,破産手続においては,破産債権者による相殺権の行使時期について制限が設けられていない。

したがって,

【要旨】破産債権者は,その債務が破産宣告の時において期限付である場合には,特段の事情のない限り,期限の利益を放棄したときだけでなく,破産宣告後にその期限が到来したときにも,法99条後段の規定により,その債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権として相殺をすることができる。また,その債務が破産宣告の時において停止条件付である場合には,停止条件不成就の利益を放棄したときだけでなく,破産宣告後に停止条件が成就したときにも,同様に相殺をすることができる。

以上のように解するのが相当である。

これを本件についてみると,前記事実関係によれば,被上告人は,破産者が破産宣告を受けた時点において,番号22から47まで及び番号50から52までの各保険契約に基づき,満期が到来したときは満期返戻金を支払うべき期限付債務を負い,かつ,番号22から52までの各保険契約に基づき,解約されたときは解約返戻金を支払うべき停止条件付債務を負っていたところ,番号22から24までの各保険契約については破産宣告後に期限が到来し,番号25から52までの各保険契約については破産宣告後に解約により停止条件が成就したものである。

したがって,特段の事情の存在がうかがわれない本件において,被上告人は,上記各債務に対応する本件返戻金債権合計2229万1040円を受働債権として相殺をすることができるというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。

所論引用の判例最高裁昭和47年7月13日第一小法廷判決)は,事案を異にし本件に適切でない。
論旨は採用することができない。

 第3 同2について

 1 原審は,被上告人は,破産者の前記不法行為により,別件訴訟の追行のために要する弁護士費用255万円の損害を被ったことが認められるとし,上記弁護士費用及びこれに対する遅延損害金を本件相殺の自働債権として認めた。

 2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

不法行為の被害者が負担した弁護士費用は,被害者が当該不法行為に基づくその余の費目の損害の賠償を求めるについて弁護士に訴訟の追行を委任し,かつ,相手方に対して勝訴した場合に限って,事案の難易,請求額,認容額その他諸般の事情を考慮して相当と認められる額の範囲内のものに限り,当該不法行為と相当因果関係のある損害として賠償を請求することができる(最高裁昭和44年2月27日第一小法廷判決,最高裁昭和58年9月6日第三小法廷判決)。

これを本件についてみると,第1審判決のうち被上告人の別件訴訟に係る訴えを却下した部分は確定しているのであるから,被上告人が別件訴訟の追行のために要する弁護士費用は,破産者の不法行為と相当因果関係がある損害とは認められない。

そうすると,これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。

 第4 結論
 以上によれば,本件相殺により,上告人の本件返戻金の未払金債権1952万8879円は,破産者の不法行為による損害賠償債権2805万6829円(店舗総合保険金2514万9440円,損害額調査費用35万6769円及び以上の損害合計2550万6209円に対する平成9年2月19日から平成11年2月18日までの年5分の割合による遅延損害金255万0620円(円未満切捨て)の総合計額)から番号1から21までの各保険契約に基づく満期返戻金債権額1133万2950円を控除した1672万3879円の限度で消滅し,その残額は280万5000円である。
 したがって,上告人の請求は,被上告人に対し,280万5000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,上告人のその余の請求は理由がないから棄却すべきである。これと異なる原判決を主文第1項のとおり変更するのが相当である。