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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

請負人である破産者の支払の停止の前に締結された請負契約に基づく注文者の破産者に対する違約金債権の取得が,破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり,上記違約金債権を自働債権とする相殺が許されるとされた事例

令和2年9月8日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
請負人である破産者Aが,その支払の停止の前に,注文者Yとの間で複数の請負契約を締結していた場合において,上記の各請負契約に,Aの責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときはYが当該請負契約を解除することができるとの約定及び同約定により当該請負契約が解除されたときはYが一定額の違約金債権を取得するとの約定があるという事実関係の下では,YがAの支払の停止を知った後に上記の各約定に基づき上記各請負契約のうち工事が未完成であるものを解除して各違約金債権を取得したことは,破産法72条2項2号にいう「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たり,上記各違約金債権を自働債権,上記各請負契約のうち報酬が未払のものに基づく各報酬債権を受働債権とする相殺は,自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず,許される。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89688

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/688/089688_hanrei.pdf

1 本件は,破産管財人である被上告人が,上告人に対し,破産者と上告人との間の複数の請負契約に基づく各報酬等の支払を求める事案である。上告人は,破産手続開始前に,その一部の請負契約について約定に基づく違約金債権を取得したとして,同違約金債権等を自働債権とする相殺を主張している。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人と株式会社西建設(以下「破産会社」という。)は,平成27年9月から平成28年4月までの間に,上告人を注文者,破産会社を請負人として,別紙請負契約目録記載アからエまでの各請負契約(以下,順に「本件契約ア」などといい,併せて「本件各契約」という。)を締結した。

(2) 本件各契約には,要旨次の各定め(以下「本件条項」という。)がある。
ア 注文者は,請負人の責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときは,契約を解除することができる。
イ 上記アの定めにより契約が解除された場合においては,請負人は,報酬額の10分の1に相当する額を違約金として支払わなければならない。

(3) 破産会社は,本件各契約のうち本件契約ウの工事については平成28年6月10日までに完成させたが,本件契約ア,イ及びエ(以下,併せて「本件各未完成契約」という。)の工事については,同月15日,上告人に対し,資金繰りに窮して続行が困難である旨相談し,上告人から,工事続行不能届を提出するよう指示された。

(4) 破産会社の支払の停止を知った上告人は,平成28年6月20日までに,破産会社に対し,本件各未完成契約について,本件条項に基づき解除する旨の意思表示をした。これにより,上告人は,本件各未完成契約における本件条項に基づく各違約金債権(以下「本件各違約金債権」という。)小計2198万6532円及びその他の債権75万1142円の合計2273万7674円を取得した。また,破産会社は,同日までに,本件契約アからウまでに基づく各報酬債権(「本件各報酬債権」)合計2268万6429円を取得した。

(5) 破産会社は,平成28年6月23日,破産手続開始の決定を受け,被上告人が破産管財人に選任された。

(6) 上告人は,平成28年8月5日,被上告人に対し,上記(4)の本件各違約金債権等合計2273万7674円を自働債権,本件各報酬債権合計2268万6429円を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした(この相殺のうち,本件各違約金債権を自働債権とする部分を「本件相殺」という。)。

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4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 破産法は,破産債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の趣旨が没却されることのないよう,72条1項3号本文において,破産者に対して債務を負担する者において支払の停止があったことを知って破産者に対して破産債権を取得した場合にこれを自働債権とする相殺を禁止する一方,同条2項2号において,上記破産債権の取得が「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には,相殺の担保的機能に対するその者の期待は合理的なものであって,これを保護することとしても,上記破産手続の趣旨に反するものではないことから,相殺を禁止しないこととしているものと解される(最高裁平成26年6月5日第一小法廷判決)。

(2)ア 本件各違約金債権は,上告人が破産会社の支払の停止があったことを知った後に本件条項に基づいて本件各未完成契約を解除したことによって現実に取得するに至ったものであるから,破産法72条1項3号に規定する破産債権に該当する。

イ もっとも,本件各違約金債権は,いずれも,破産会社の支払の停止の前に上告人と破産会社との間で締結された本件各未完成契約に基づくものである。本件各未完成契約に共通して定められている本件条項は,破産会社の責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないこと及び上告人が解除の意思表示をしたことのみをもって上告人が一定の額の違約金債権を取得するというものであって,上告人と破産会社は,破産会社が支払の停止に陥った際には本件条項に基づく違約金債権を自働債権とし,破産会社が有する報酬債権等を受働債権として一括して清算することを予定していたものということができる。上告人は,本件各未完成契約の締結時点において,自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づいて発生したものであるか否かにかかわらず,本件各違約金債権をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたといえ,この相殺を許すことは,上記破産手続の趣旨に反するものとはいえない。
したがって,本件各違約金債権の取得は,破産法72条2項2号に掲げる「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たり,本件各違約金債権を自働債権,本件各報酬債権を受働債権とする相殺は,自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず,許されるというべきである。

5 以上によれば,本件相殺のうち,自働債権である違約金債権と受働債権である報酬債権とが同一の請負契約に基づかないものは許されないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上によれば,被上告人の請求はいずれも理由がなく,これらを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。