最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

人訴第四条は、後見監督人または後見人が禁治産者の法定代理人としてその離婚訴訟を遂行することを認めたものではなく、その職務上の地位に基き禁治産者のため当事者として右訴訟を遂行しうることを認めた規定と解すべきである。

 昭和33年7月25日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
一 人訴第四条は、後見監督人または後見人が禁治産者法定代理人としてその離婚訴訟を遂行することを認めたものではなく、その職務上の地位に基き禁治産者のため当事者として右訴訟を遂行しうることを認めた規定と解すべきである。

二 離婚訴訟については、民訴第五六条の適用がない。

三 民法第七七〇条第一項第四号と同条第二項は、単に夫婦の一方が不治の精神病にかかつた一事をもつて直ちに離婚の請求を理由ありとするものと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/821/052821_hanrei.pdf

原判決は、夫が心神喪失の常況にある妻に対し離婚の訴を提起するには、常に必ずしも妻に対する禁治産の宣告を受け、一旦自ら後見人となり次で後見監督人の選任を得て、これにより訴訟行為をなさしめることを要するものにあらず、かかる場合には訴訟無能力者に対し訴訟行為をなす場合につき定められた民訴五六条の規定を準用し、同条一項にいわゆる法定代理人なき場合に準ずべきものとし、遅滞のため損害を受ける虞あることを疏明して特別代理人の選任を受け、これにより訴訟行為をなし得るものと解するを相当とするものとした第一審判決の見解を支持し、この点に関する上告人の抗弁を排斥したことは原判文上明らかである。

およそ心神喪失の常況に在るものは、離婚に関する訴訟能力を有しない、また、離婚のごとき本人の自由なる意思にもとづくことを必須の要件とする一身に専属する身分行為は代理に親しまないものであつて、法定代理人によつて、離婚訴訟を遂行することは人事訴訟法のみとめないところである。

同法四条は、夫婦の一方が禁治産者であるときは、後見監督人又は後見人が禁治産者のために離婚につき訴え又は訴えられることができることを規定しているけれども、これは後見監督人又は後見人が禁治産者法定代理人として訴訟を遂行することを認めたものではなく、その職務上の地位にもとづき禁治産者のため当事者として訴訟を遂行することをみとめた規定と解すべきである。離婚訴訟は代理に親しまない訴訟であること前述のとおりであるからである。

翻つて、民訴五六条は、「法定代理人ナキ場合又ハ法定代理人カ代理権ヲ行フコト能ハサル場合ニ」未成年者又は禁治産者に対し訴訟行為をしようとする者のため、未成年者又は禁治産者の「特別代理人」を選任することをみとめた規定であるが、この「特別代理人」は、その訴訟かぎりの臨時の法定代理人たる性質を有するものであつて、もともと代理に親しまない離婚訴訟のごとき訴訟については同条は、その適用を見ざる規定である。

そしてこの理は心神喪失の常況に在つて未だ禁治産の宣告を受けないものについても同様であつて、かかる者の離婚訴訟について民訴五六条を適用する余地はないのである。

従つて、心神喪失の状況に在つて、未だ禁治産の宣告を受けないものに対し離婚訴訟を提起せんとする夫婦の一方は、先づ他方に対する禁治産の宣告を申請し、その宣告を得て人訴四条により禁治産者の後見監督人又は後見人を被告として訴を起すべきである。

離婚訴訟のごとき、人の一生に、生涯を通じて重大な影響を及ぼすべき身分訴訟においては、夫婦の一方のため訴訟の遂行をする者は、その訴訟の結果により夫婦の一方に及ぼすべき重大なる利害関係を十分に考慮して慎重に訴訟遂行の任務を行うべきであつて、その訴訟遂行の途上において、或は反訴を提起し、又は財産の分与、子の監護に関する人訴一五条の申立をする等の必要ある場合もあるのであつて、この点からいつても、民訴五六条のごときその訴訟かぎりの代理人―しかも、主として訴を提起せんとする原告の利益のために選任せられる特別代理人―をしてこれに当らしめることは適当でなく、夫婦の一方のため後見監督人又は後見人のごとき精神病者のための常置機関として、精神病者の病気療養その他、財産上一身上万般の監護をその任務とするものをして、その訴訟遂行の任に当らしめることを適当とすることは論を待たないところである。

さらに民法七七〇条は、あらたに「配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込がないとき」を裁判上離婚請求の一事由としたけれども、同条二項は、右の事由があるときでも裁判所は一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは離婚の請求を棄却することができる旨を規定しているのであつて、民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかつた一事をもつて直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである。

原審が「もしそれ離婚後における控訴人(上告人)の医療及び保護については、被控訴人(被上告人)、控訴人補助参加人、その他関係者の良識と温情とに信頼し、適当なる方策の講ぜられることを期待する」旨判示しかかる方策をもつて、民法七七〇条二項適用の外にあるがごとき解釈を示したことは、見当違いの解釈と云わざるを得ないのであつて、かかる観点からいつても、後見監督人または後見人をして、訴訟の当事者として離婚訴訟の進行中において各関係者間に十分にその方策を検討せしめることを適当とするのである。

然らばこの点に関する原審ならびに第一審判決の判断はあやまりであつて、いずれも、破棄を免れない。

そして、本件の審理を進行するためには、被告が現に心神喪失の常況にあるかどうかを審理する必要のあることは前段説明するところによつて明らかであるから本件を第一審に差戻すのを相当とし、民訴四〇八条、三八九条により裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

コメント:昭和33年の判例です。

なお,民法770条は現在もそのまま生きています。