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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

取締役会の無効な決議により選任された代表取締役がした行為と商法二六二条の類推適用

昭和56年4月24日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
取締役会の無効な決議により選任された代表取締役が会社の代表としてした行為については、会社は、商法二六二条の類推適用により、善意の第三者に対してその責に任ずべきものである。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/544/074544_hanrei.pdf

 上告理由第一点について

原審の確定したところによれば、昭和四七年四月当時、上告会社の取締役は、代表取締役D、取締役E、同F、同G、同Hの五名であつたが、取締役Fは、同月一三日、代表取締役Dに通知しないで上告会社の取締役会を招集し、取締役F、同G、同Hの三名が出席した取締役会において、Dを代表取締役から解任したうえFを上告会社の代表取締役に選任してその旨の登記を了し、次いで、Fは、同月二〇日、上告会社の代表取締役として同会社所有の本件採掘権を被上告会社に譲渡し、同月二六日、その旨の移転登録を経由した、というのである。

右の事実によれば、上告会社の右取締役会の開催にあたり代表取締役Dに対する招集通知を欠いていたのであるから、Fを上告会社の代表取締役に選任する右決議は商法二五九条ノ二に違反して無効であり(最高裁昭和四四年一二月二日第三小法廷判決)、Fは、これによつて、上告会社の代表権を取得したということはできないが、上告会社の代表取締役D、取締役Eを除いた取締役F、同G、同Hの三名は、取締役会を開催してFを代表取締役に選任し、同人が上告会社の代表権を行使することを承認したものと認められる。

ところで、代表取締役に通知しないで招集された取締役会において代表取締役に選任された取締役が、この選任決議に基づき、代表取締役としてその職務を行つたときは、右選任が有効な取締役会の代表取締役選任決議として認められず、無効である場合であつても、会社は、商法二六二条の規定の類推適用により、代表取締役としてした取締役の行為について、善意の第三者に対してその責に任ずべきものと解するのが相当である。

したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

 同第二点について

 本件採掘権の譲渡が商法二四五条一項一号にいう「営業ノ譲渡」にあたらないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
論旨は、採用することができない。

 同第三点について

 原判決は、

(一) 被上告会社の代表取締役IことJが韓国滞在中同会社の一切の事務を代行処理していた専務取締役のKは、本件採掘権の譲渡の交渉当初から、Fが上告会社の代表取締役であると思つていたが、本件譲渡契約が締結された昭和四七年四月二〇日の二、三日前に、法務局で、上告会社の商業登記簿を閲覧してFが上告会社の代表取締役として登記されていることを確認したこと、

(二) 右譲渡契約締結の当日、Kは、Fから、上告会社は同月一八日同人、G及びHの三名が出席した取締役会で本件採掘権を代金一二〇〇万円で被上告会社に譲渡することにし、その日時、代金授受の方法等はFに一任することを承認した旨の取締役会議事録とこれに添付された右三名の取締役の印鑑証明書及び上告会社の資格証明書等の交付を受け、真実、Fが上告会社の代表取締役であり、かつ、上告会社では本件採掘権の譲渡が取締役会で承認されているものと信じて、本件譲渡契約を締結し、同月二六日前記のとおりその移転登録を経由したこと、

(三) 被上告会社は、鉱業を実施した実績がなかつたのに、あらかじめ本件採掘権の価値について客観的な資料による調査、検討を加えることなく本件譲渡契約を締結したこと、

(四) 本件譲渡契約においては、上告会社の被上告会社に対する本件採掘権の移転登録手続は直ちにすべきものとされているのに、被上告会社の上告会社に対する譲渡代金の支払は、分割払で、しかもその期限は採掘事業開始後七か月目の末日から起算するという不確定なものであること、

(五) 本件譲渡契約締結後、まもなく上告会社の代表取締役として契約締結にあたつたFや上告会社の取締役G、同Hは、被上告会社の取締役に就任し、そのうちGは、Kとともに被上告会社の代表取締役に就任し、本件採掘権の移転登録を経由した日と同日の同月二六日いずれもその旨の商業登記を経由するとともにJの取締役及び代表取締役の退任登記をしていること、

以上の事実を認定したうえ、右(三)ないし(五)の事実関係からすると、本件譲渡契約は、その目的物が採掘権であることを考慮に入れてもなお不自然の感を抱かせるものがあるとしながらも、本件譲渡代金の支払方法が前記のごとく約定されたのは、Fが上告会社の代表取締役Dに気付かれないうちに、同人を出し抜いて何とか当時手持資金のない被上告会社に本件採掘権を譲り受けてもらうために譲歩したことによるものであり、また、F、G、Hが被上告会社の取締役や代表取締役に就任したのも、上告会社の譲渡代金の支払確保のためであるということも十分考えられるので、右(三)ないし(五)の諸事情があるからといつて、右Kが当時Fが上告会社の正規の代表取締役でないことにつき悪意であつたとは断定し難い、と判示している。

しかしながら、

(一) 上告会社が重要な会社財産である本件採掘権を譲渡するのに取締役五名のうち三名のみが出席した取締役会でこれを承認するというのは、上告会社のような規模の会社の運営としては異例のことのように考えられるし、また、本件採掘権のような会社の重要な財産を譲渡するにあたつては、譲渡人側に緊急に資金を獲得する必要があるのを普通とし、その移転登録手続のごときも代金と引換えに行うのが経験則上通例であるのにかかわらず、本件では、その登録手続は直ちに行うが、代金は採掘事業開始後に分割して支払うというのであつて、取引としては極めて異常であるといわざるをえない。

(二) 他方、被上告会社としても、真実鉱業を実施しようとする意図があつたとすれば、本件採掘権の譲渡を受けるにあたつてあらかじめ本件採掘権の価値について十分調査し、また将来の採掘の可能性、操業計画、採算等についても深く検討してしかるべきものであると考えられるのに、このような点について調査、検討をしなかつたというのは、会社経営の衝にあたる者のとる措置、態度としては極めて不自然であるとみられる。

(三) のみならず、さらに重要な点は、上告会社の代表取締役として契約の締結にあたつたFが同会社の取締役G、同Hとともに本件譲渡契約締結直後に被上告会社の代表取締役や取締役に就任し、しかも本件採掘権の移転登録のされた日と同日に右各就任の商業登記を経由していることであつて、原審は、この点について、その目的は上告会社の譲渡代金支払確保のためである旨判示するが、さらに特段の説明がないかぎり、右三名の被上告会社の役員就任が何故に上告会社の代金支払確保のためになるのかは容易に首肯し難いところである。

以上のような諸点に照らして考えると、上告会社の取締役F、同G、同Hの三名は、被上告会社のKと意を通じ、上告会社の正規の代表取締役Dの承認を得ないで本件採掘権を被上告会社名義に移転したものであると疑われてもやむをえない状況にあつたと窺われないではないから、原判決のような説示だけから、直ちに被上告会社においてFが上告会社の正規の代表取締役でないことにつき悪意であつたとは断定し難いとした原判決には、経験則の適用を誤つたか又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

そして、本件については、なお審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻す必要がある。