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会社分割に伴いゴルフ場の事業を承継した会社が預託金会員制のゴルフクラブの名称を引き続き使用している場合における上記会社の預託金返還義務の有無

 平成20年6月10日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の事業主体を表示するものとして用いられている場合において,会社分割に伴いゴルフ場の事業が他の会社又は設立会社に承継され,事業を承継した会社が上記名称を引き続き使用しているときには,上記会社が会社分割後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り,上記会社は,会社法22条1項の類推適用により,会員が分割をした会社に交付した預託金の返還義務を負う。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/426/036426_hanrei.pdf

1  本件は,預託金会員制のゴルフクラブの会員である上告人が,同クラブの名称を用いてゴルフ場を経営していた会社の会社分割によりその事業を承継し引き続き同クラブの名称を使用している被上告人に対し,会社法22条1項が類推適用されると主張して,預託金の返還等を求める事案である。

上告人は,会社法施行前は,平成17年法律第87号による改正前の商法(「旧商法」)26条1項が類推適用される旨主張していたが,会社法の制定により,会社間における事業の譲渡に関しては会社法に同項と同内容の規定である22条1項が設けられ,会社法の施行前に生じた事項にも適用されるものとされた(同法附則2項)ので,同法施行後は同法22条1項の類推適用を主張するものと解される(以下,旧商法26条1項も含む趣旨で会社法22条1項ということがある。)。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) Aは,「Bゴルフ倶楽部」という名称の預託金会員制のゴルフクラブ(「本件クラブ」)が設けられているゴルフ場(「本件ゴルフ場」)を経営していた。

(2) 上告人は,平成7年10月7日,Aとの間で,本件クラブの法人正会員となる旨の会員契約を締結し,Aに対し,会員資格保証金3500万円を預託した(「本件預託金」)。

(3) 本件預託金の据置期間は,本件クラブの会則により,本件ゴルフ場が正式開場した日から起算して満5年とされていたが,平成11年5月18日,同会則の改正により,同日から起算して満5年(平成16年5月18日まで)に延長された。

(4) 被上告人は,平成15年1月8日,Aの会社分割(旧商法373条に基づくもの。以下「本件会社分割」という。)により,ゴルフ場の経営等を目的とする会社として設立され,Aから本件ゴルフ場の事業を承継したが,本件クラブの会員に対する預託金返還債務は承継しなかった。

(5) 被上告人は,本件会社分割後,Aが本件会社分割前に本件ゴルフ場の事業主体を表示する名称として用いていた「Bゴルフ倶楽部」という名称を引き続き使用し,本件ゴルフ場を経営している。

(6) A及び被上告人は,平成15年4月15日ころ,上告人を含む本件クラブの会員に対し,「お願い書」と題する書面(「本件書面」)を送付した。本件書面の内容は,本件会社分割により被上告人が本件ゴルフ場を経営する会社として設立されたこと及び本件クラブの会員権を被上告人発行の株式へ転換することにより,本件クラブを被上告人経営の株主会員制のゴルフクラブに改革することを伝え,本件クラブの会員権を上記株式に転換するよう依頼するというものであった。

(7) 上告人は,平成16年5月25日,被上告人に対し,本件クラブから退会する旨の意思表示をするとともに,本件預託金の返還を求めた。

3 上告人は,被上告人に対し,本件会社分割により本件ゴルフ場の事業を承継し本件クラブの名称を引き続き使用している被上告人は,会社法22条1項の類推適用により,本件預託金の返還義務を負うべきであると主張して,本件預託金3500万円及びこれに対する退会の意思表示をした日の翌日である平成16年5月26日から支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求め,これに対して,被上告人は,会社分割の場合に会社法22条1項が類推適用される余地はなく,仮にこれが類推適用されるとしても,本件においては,被上告人が本件クラブの会員に対して本件書面を送付したことから,類推適用を否定すべき特段の事情があると主張して,上告人の請求を争っている。

4 原審は,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。なお,会社法は,原判決言渡し後に施行された。

(1) 会社分割においても,営業譲渡に関する旧商法26条1項が類推適用される余地のあることは一概に否定することはできない。

(2) しかし,本件においては,上記2(6)の事実から,本件会社分割により被上告人が設立され,被上告人が本件クラブの会員権を被上告人発行の株式に転換した株主会員制のゴルフクラブとして本件ゴルフ場を経営するところとなったことは,上告人を含む本件クラブの会員に周知されているものと認められるから,同会員において,同一の営業主体による営業が継続していると信じたり,営業主体の変更があったけれども被上告人により債務の引受けがされたと信じたりすることが相当ではない特段の事情が認められる。したがって,被上告人は,上告人に対し,旧商法26条1項の類推適用によって本件預託金の返還義務を負うものではない。

5 しかしながら,原審の上記4(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の事業主体を表示するものとして用いられている場合において,ゴルフ場の事業が譲渡され,譲渡会社が用いていたゴルフクラブの名称を譲受会社が引き続き使用しているときには,譲受会社が譲受後遅滞なく当該ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り,譲受会社は,会社法22条1項の類推適用により,当該ゴルフクラブの会員が譲渡会社に交付した預託金の返還義務を負うものと解するのが相当であるところ(最高裁平成16年2月20日第二小法廷判決),このことは,ゴルフ場の事業が譲渡された場合だけではなく,会社分割に伴いゴルフ場の事業が他の会社又は設立会社に承継された場合にも同様に妥当するというべきである。
なぜなら,会社分割に伴いゴルフ場の事業が他の会社又は設立会社に承継される場合,法律行為によって事業の全部又は一部が別の権利義務の主体に承継されるという点においては,事業の譲渡と異なるところはなく,事業主体を表示するものとして用いられていたゴルフクラブの名称が事業を承継した会社によって引き続き使用されているときには,上記のような特段の事情のない限り,ゴルフクラブの会員において,同一事業主体による事業が継続しているものと信じたり,事業主体の変更があったけれども当該事業によって生じた債務については事業を承継した会社に承継されたと信じたりすることは無理からぬものというべきであるからである。

なお,会社分割においては,承継される債権債務等が記載された分割計画書又は分割契約書が一定期間本店に備え置かれることとなっているが(本件会社分割に適用される旧商法においては,同法374条2項5号,374条の2第1項1号,374条の17第2項5号,374条の18第1項1号。),ゴルフクラブの会員が本店に備え置かれた分割計画書や分割契約書を閲覧することを一般に期待することはできないので,上記判断は左右されない。
前記事実関係によれば,被上告人は,本件会社分割によりAから本件ゴルフ場の事業を承継し,Aが事業主体を表示する名称として用いていた本件クラブの名称を引き続き使用しているというのであるから,被上告人が会社分割後遅滞なく本件ゴルフクラブの会員によるゴルフ場施設の優先的利用を拒否したなどの特段の事情がない限り,会社法22条1項の類推適用により,本件クラブの会員である上告人に対し,上告人がAに預託した本件預託金の返還義務を負うものというべきである。

(2) そして,前記事実関係によれば,本件会社分割後にA及び被上告人から上告人を含む本件クラブの会員に対して送付された本件書面の内容は,単に,本件会社分割により被上告人が本件ゴルフ場を経営する会社として設立されたこと及び本件クラブの会員権を被上告人発行の株式へ転換することにより本件クラブを被上告人経営の株主会員制のゴルフクラブに改革することを伝え,本件クラブの会員権を被上告人発行の株式に転換するよう依頼するというものであったというのであり,この内容からは,被上告人が,上記株式への転換に応じない会員には本件ゴルフ場施設の優先的利用を認めないなどAが従前の会員に対して負っていた義務を引き継がなかったことを明らかにしたものと解することはできない。

それゆえ,本件書面の送付をもって,上記特段の事情があるということはできず,他に上記特段の事情といえるようなものがあることはうかがわれない。

したがって,被上告人は,上告人に対し,本件預託金の返還義務を負うものというべきである。

6 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記説示したところによれば,上告人の請求には理由があるから,第1審判決中被上告人に関する部分を取り消して,同請求を認容すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見,裁判官那須弘平の意見がある。

 

会社法

(譲渡会社の商号を使用した譲受会社の責任等)
第二十二条 事業を譲り受けた会社(以下この章において「譲受会社」という。)が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う。
2 前項の規定は、事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社がその本店の所在地において譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合には、適用しない。事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社及び譲渡会社から第三者に対しその旨の通知をした場合において、その通知を受けた第三者についても、同様とする。
3 譲受会社が第一項の規定により譲渡会社の債務を弁済する責任を負う場合には、譲渡会社の責任は、事業を譲渡した日後二年以内に請求又は請求の予告をしない債権者に対しては、その期間を経過した時に消滅する。
4 第一項に規定する場合において、譲渡会社の事業によって生じた債権について、譲受会社にした弁済は、弁済者が善意でかつ重大な過失がないときは、その効力を有する。