最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

いわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で違法に金員を取得する手段として著しく高利の貸付けの形をとって借主に金員を交付し,借主が貸付金に相当する利益を得た場合に,借主からの不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺等の対象として借主の損害額から控除することは,民法708条の趣旨に反するものとして許されないとされた事例(ヤミ金には1円も返済しなくて良い)

平成20年6月10日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
1 社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該醜悪な行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,民法708条の趣旨に反するものとして許されない。
2 いわゆるヤミ金融の組織に属する業者が,借主から元利金等の名目で違法に金員を取得して多大の利益を得る手段として,年利数百%〜数千%の著しく高利の貸付けという形をとって借主に金員を交付し,これにより,当該借主が,弁済として交付した金員に相当する損害を被るとともに,上記貸付けとしての金員の交付によって利益を得たという事情の下では,当該借主から上記組織の統括者に対する不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として当該借主の損害額から控除することは,民法708条の趣旨に反するものとして許されない。
(1,2につき意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/427/036427_hanrei.pdf

1  本件は,いわゆるヤミ金融の組織に属する業者から,出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(平成15年法律第136号による改正前のもの。「出資法」)に違反する著しく高率の利息を取り立てられて被害を受けたと主張する上告人らが,上記組織の統括者であった被上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

2 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,著しく高利の貸付けにより多大の利益を得ることを企図して,Aの名称でヤミ金融の組織を構築し,その統括者として,自らの支配下にある第1審判決別紙2「被害明細表」の「店舗名」欄記載の各店舗(「本件各店舗」)の店長又は店員をしてヤミ金融業に従事させていた。

(2) 上告人らは,平成12年11月から平成15年5月までの間,それぞれ,第1審判決別紙2「被害明細表」記載の各年月日に同表記載の金銭を本件各店舗から借入れとして受領し,又は本件各店舗に対し弁済として交付した。そして,上記金銭の授受にかかわる利率は,同表の「利率」欄記載のとおり,年利数百%~数千%であった。

(3) 本件各店舗が上告人らに貸付けとして金員を交付したのは,上告人らから元利金等の弁済の名目で違法に金員の交付を受けるための手段にすぎず,上告人らは,上記各店舗に弁済として交付した金員に相当する財産的損害を被った。

3 原審は,次のとおり判示して,被上告人について不法行為責任を認める一方,上告人らが貸付けとして交付を受けた金員相当額について損益相殺を認め,その額を各上告人の財産的損害の額から控除した上,原判決別紙認容額一覧表の「当審認容額」欄記載のとおり,上告人らの各請求を一部認容すべきものとした。

(1) 出資法5条2項が規定する利率を著しく上回る利率による利息の契約をし,これに基づいて利息を受領し又はその支払を要求することは,それ自体が強度の違法性を帯びるものというべきところ,本件各店舗の店長又は店員が上告人らに対して行った貸付けや,元利金等の弁済の名目により上告人らから金員を受領した行為は,上告人らに対する関係において民法709条の不法行為を構成し,被上告人は,Aの統括者として,本件各店舗と上告人らとの間で行われた一連の貸借取引について民法715条1項の使用者責任を負う。

(2) 本件各店舗が上告人らに対し貸付けとして行った金員の交付は,各貸借取引そのものが公序良俗に反する違法なものであって,法的には不法原因給付に当たるから,各店舗は,上告人らに対し,交付した金員を不当利得として返還請求することはできない。その反射的効果として,上告人らは,交付を受けた金員を確定的に取得するものであり,その限度で利益を得たものと評価せざるを得ない。

(3) 不法行為による損害賠償制度は,損害の公平妥当な分配という観点から設けられたものであり,現実に被った損害を補てんすることを目的としていると解される(最高裁平成5年3月24日大法廷判決)ことからすると,加害者の不法行為を原因として被害
者が利益を得た場合には,当該利益を損益相殺として損害額から控除するのが,現実に被った損害を補てんし,損害の公平妥当な分配を図るという不法行為制度の上記目的にもかなうというべきである。

4 しかしながら,原審の上記3(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法708条は,不法原因給付,すなわち,社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為(「反倫理的行為」)に係る給付については不当利得返還請求を許さない旨を定め,これによって,反倫理的行為については,同条ただし書に定める場合を除き,法律上保護されないことを明らかにしたものと解すべきである。

したがって,反倫理的行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該反倫理的行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,上記のような民法708条の趣旨に反するものとして許されないものというべきである。

なお,原判決の引用する前記大法廷判決は,不法行為の被害者の受けた利益が不法原因給付によって生じたものではない場合について判示したものであり,本件とは事案を異にする。
これを本件についてみると,前記事実関係によれば,著しく高利の貸付けという形をとって上告人らから元利金等の名目で違法に金員を取得し,多大の利益を得るという反倫理的行為に該当する不法行為の手段として,本件各店舗から上告人らに対して貸付けとしての金員が交付されたというのであるから,上記の金員の交付によって上告人らが得た利益は,不法原因給付によって生じたものというべきであり,同利益を損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として上告人らの損害額から控除することは許されない。

これと異なる原審の判断には法令の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

5 以上によれば,論旨は理由があり,原判決のうち上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。そして,上告人らが請求し得る損害(弁護士費用相当額を含む。)の額等について更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の意見がある。