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ハーグ条約実施法の規定する子の返還申立事件に係る家事調停における子を返還する旨の定めと同法117条1項の類推適用

令和2年4月16日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
裁判所は,ハーグ条約実施法の規定する子の返還申立事件に係る家事調停において,子を返還する旨の調停が成立した後に,事情の変更により同調停における子を返還する旨の定めを維持することを不当と認めるに至った場合は,同法117条1項の規定を類推適用して,当事者の申立てにより,上記定めを変更することができる。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/488/089488_hanrei.pdf

1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

(1) 抗告人,相手方及び両名の子(「本件子」)は,ロシアで同居していたが,本件子(当時9歳)が平成28年5月に,抗告人が同年8月に,日本に入国した。

(2) 相手方は,平成28年11月,本件子について,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(「実施法」)26条の規定による子の返還の申立てをした。同申立てに係る事件は家事調停に付され,平成29年1月,抗告人と相手方との間で,抗告人が同年2月12日限り本件子をロシアに返還する旨の合意及び養育費,面会交流等についての合意が成立し,これらが調書に記載された(以下,これにより成立した調停を「本件調停」といい,本件調停における子を返還する旨の定めを「本件返還条項」という。)。

(3) 本件子は,平成29年2月12日の経過後も,日本にとどまっている。

2 本件は,抗告人が,本件調停の成立後に,事情の変更により本件返還条項を維持することが不当となったと主張して,実施法117条1項の規定に基づき,本件返還条項を変更することを求める事案である。

3 原審は,次のとおり判断して,抗告人の本件申立てを却下すべきものとした。

子の返還を命ずる終局決定が確定した場合,子の返還は迅速に行われるべきであるが,実施法117条1項の規定は,事情の変更が生じたときに特別に子の福祉の観点から上記決定を変更することができることとしたものであり,変更の対象を上記決定に限定している。また,子の返還申立事件に係る家事調停においては,種々の利益調整をした上,子の返還の合意と併せて他の合意がされる場合があるところ,その場合は,子の返還申立事件に係る家事調停における子を返還する旨の定め(「子の返還条項」)のみを変更することは相当ではないのが通常である。したがって,同項の規定により子の返還条項を変更することはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
実施法117条1項は,「子の返還を命ずる終局決定をした裁判所(中略)は,子の返還を命ずる終局決定が確定した後に,事情の変更によりその決定を維持することを不当と認めるに至ったときは,当事者の申立てにより,その決定(中略)を変更することができる。ただし,子が常居所地国に返還された後は,この限りでない。」と規定しており,子の返還条項について同項の規定を直接適用することはできないと解される。

もっとも,実施法117条1項の規定は,子の返還を命ずる終局決定が確定した場合,子の返還は迅速に行われるべきではあるが,子が返還される前に事情の変更により上記決定を維持することが子の利益の観点から不当となることがあり得るため,そのようなときには,上記決定が子に対して重大な影響を与えることに鑑みて,上記決定を変更することができることとしたものと解される。

子の返還条項は確定した子の返還を命ずる終局決定と同一の効力を有するところ(実施法145条3項),子を返還する旨の調停が成立した場合も,事情の変更により子の返還条項を維持することが子の利益の観点から不当となることがあり得るため,そのようなときに子の返還条項を変更する必要があることは,上記決定が確定した場合と同様である。

また,子の返還申立事件に係る家事調停において子の返還の合意と併せて養育費,面会交流等について他の合意がされ,その後に子の返還条項を変更することに伴って当該調停における他の定めも変更する必要が生ずる場合があるが,その場合は,上記定めについて,別途,家事事件手続法上の変更手続等により対処することが可能であるから,上記の場合があることをもって,子の返還条項を変更することができると解することに支障があるとはいえない。

以上によれば,裁判所は,子の返還申立事件に係る家事調停において,子を返還する旨の調停が成立した後に,事情の変更により子の返還条項を維持することを不当と認めるに至った場合は,実施法117条1項の規定を類推適用して,当事者の申立てにより,子の返還条項を変更することができると解するのが相当である。

5 以上と異なり,実施法117条1項の規定により子の返還条項を変更することはできないとして抗告人の本件申立てを却下すべきものとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。