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 婚姻費用分担審判において、夫と民法772条の推定を受けない嫡出子との間の父子関係の存否を審理判断することなく、上記父子関係に基づく夫の扶養義務を認めた原審の判断に違法があるとされた事例

 令和5年5月17日最高裁判所第二小法廷決定

判示事項

婚姻費用分担審判において、夫と民法772条の推定を受けない嫡出子との間の父子関係の存否を審理判断することなく、上記父子関係に基づく夫の扶養義務を認めた原審の判断に違法があるとされた事例

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/090/092090_hanrei.pdf

1 本件は、相手方が、その夫である抗告人に対し、婚姻費用分担審判の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。

2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
抗告人と相手方は、平成25年頃から交際を始め、平成26年2月、婚姻の届出をした。
相手方は、同年4月、A(「本件子」)を出産し、本件子を抗告人と相手方の嫡出子とする出生の届出をした。その後、抗告人と相手方は、本件子を両者の間の子として監護養育した。
抗告人と相手方は、令和元年10月、相手方が抗告人に対して離婚を求めたことを契機として、別居した。以後、相手方が本件子を監護養育している。
抗告人は、同年11月、本件子が自らの子であるか否かについて疑問を抱き、DNA検査を実施したところ、その結果は、抗告人が本件子の生物学上の父であることを否定するものであった。
相手方は、抗告人から上記の結果を伝えられたが、これを強く否定せず、同年12月、抗告人の姉に対し、抗告人との婚姻の前に抗告人以外の男性と性的関係を持ったことがあり、本件子を妊娠したことを知った時に上記男性が本件子の父親であるかもしれないと思ったが、そのことを抗告人には伝えなかった旨を述べた。

抗告人は、令和3年3月、抗告人と本件子との間の父子関係(「本件父子関係」)は存在しないとして親子関係不存在確認調停の申立てをするとともに、相手方との離婚を求めて夫婦関係調整調停の申立てをした。
上記親子関係不存在確認調停の手続において、相手方は、抗告人が本件子の生物学上の父であるか否かについてDNA鑑定の実施を求め、これが実施された。その結果は、抗告人が本件子の生物学上の父であることを否定するものであったところ、相手方は上記調停の期日に出席せず、上記の調停事件は、同年10月、不成立により終了した。また、相手方は、上記夫婦関係調整調停の手続において、離婚に応じない姿勢を示し、上記の調停事件は不成立により終了した。
その一方で、相手方は、同年4月、抗告人に対して婚姻費用分担調停の申立てをした。上記の調停事件は、同年11月、不成立により終了し、上記申立ての時に本件申立てがあったものとみなされて、審判に移行した。
原々審は、令和4年3月、本件父子関係は存在しないとした上で、このことに加え、本件の事実関係に照らすと、相手方が抗告人に対して婚姻費用の分担を求めることは信義則に反するなどとして、本件申立てを却下する審判(原々審判)をした。相手方は、原々審判に対し、即時抗告をした。

3 原審は、相手方が抗告人に対して婚姻費用の分担として相手方自身の生活費の分担を求めることは信義則に反するなどとした上で、要旨次のとおり判断して、令和3年5月(上記婚姻費用分担調停の申立ての日の属する月の翌月)から抗告人と相手方との離婚若しくは別居状態の解消又は訴訟における本件父子関係の不存在の確定に至るまでの間、抗告人が相手方に対して月額4万円を支払うべきものとした。
抗告人が本件子の生物学上の父であることはDNA鑑定によって否定されているものの、本件父子関係はこのことから直ちに否定されるものではなく、その存否は、訴訟においてその他の諸事情も考慮して最終的に判断されるべきものである。
したがって、本件父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまでは、抗告人は本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務を免れないから、本件子の養育費相当額(月額4万円)は、抗告人の分担すべき婚姻費用に当たる。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
夫は、婚姻後に妻が出産し戸籍上夫婦の嫡出子とされている子であって民法772条による嫡出の推定を受けないもの(「推定を受けない嫡出子」)との間の父子関係について、嫡出否認の訴えによることなく、その存否を争うことができる。

そして、訴訟において、財産上の紛争に関する先決問題として、上記父子関係の存否を確定することを要する場合、裁判所がこれを審理判断することは妨げられない(最高裁昭和50年9月30日第三小法廷判決)。

このことは、婚姻費用分担審判の手続において、夫婦が分担すべき婚姻費用に推定を受けない嫡出子の監護に要する費用が含まれるか否かを判断する前提として、推定を受けない嫡出子に対する夫の上記父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合であっても異なるものではなく、この場合に、裁判所が上記父子関係の存否を審理判断することは妨げられないと解される(最高裁昭和41年3月2日大法廷決定)。

本件子は、戸籍上抗告人と相手方の嫡出子とされているが、相手方が抗告人との婚姻の成立の日から200日以内に出産した子であり、民法772条による嫡出の推定を受けない。そうすると、本件において、抗告人の本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合に、裁判所が本件父子関係の存否を審理判断することは妨げられない。
ところが、原審は、本件父子関係の存否は訴訟において最終的に判断されるべきものであることを理由に、本件父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまで抗告人は扶養義務を免れないとして、本件父子関係の存否を審理判断することなく、抗告人の本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務を認めたものであり、この原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

5 以上によれば、原審の上記判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原決定は破棄を免れない。そして、原決定後に抗告人から提出された判決の正本及び同判決の確定証明書によれば、本件父子関係が存在しないことを確認する旨の判決が確定したことが認められるから、抗告人が本件子に対して本件父子関係に基づく扶養義務を負うということはできず、その他、抗告人と相手方が分担すべき婚姻費用に本件子の監護に要する費用が含まれると解すべき事情はうかがわれない。このことを前提にすれば、本件の事実関係の下において本件申立てを却下した原々審判は正当であり、原々審判に対する抗告を棄却すべきである。