一つの交通事故について甲及び乙が連帯して損害賠償責任を負う場合に乙の損害賠償責任についてのみ過失相殺がされて両者の賠償すべき額が異なるときに甲のした損害の一部てん補が乙の賠償すべき額に及ぼす影響
平成11年1月29日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
一つの交通事故について甲及び乙が被害者丙に対して連帯して損害賠償責任を負う場合において、乙の損害賠償責任についてのみ過失相殺がされ、両者の賠償すべき額が異なるときは、甲がした損害の一部てん補は、てん補額を丙が甲からてん補を受けるべき損害額から控除しその残損害額が乙の賠償すべき額を下回ることにならない限り、乙の賠償すべき額に影響しない。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/819/062819_hanrei.pdf
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人B1は、平成五年八月一七日午後一時二○分ころ、埼玉県坂戸市ab丁目c番d号先の国道四〇七号線上の歩道寄りの第一車線を、被上告人B2建商株式会社の保有する普通乗用自動車(以下「被上告人車」という。)を運転して走行中、中央線寄りの第二車線に進路変更しようとした。Dは、普通乗用自動車(以下「D車」という。)を運転して被上告人車の後方で第二車線を進行中であったところ、被上告人車が右のとおり第二車線に進路変更をしょうとするのを見て、ハンドルを右に転把したため、D車は、中央線を越えて対向車線に進入し、対向車線を走行してきた普通乗用自動車と正面衝突した。
2 本件事故により、D車の助手席に同乗していたEは両側頸動脈断裂の傷害を負って死亡し、後部座席に同乗していた上告人A2は頭頂部切創、左手打撲の傷害を負った。
3 走行車線を第一車線から第二車線に変更しようとする場合、車両の運転者には、進路を変更する三秒前にその合図をするとともに第二車線の後方を走行する車両の安全を確認する注意義務があるのに、被上告人B1は、これを怠り、第二車線の後方を走行する車両の有無を確認せず、車線変更の合図もしないでハンドルを右に転把して第二車線を走行中のD車の直前に進出した過失がある。
4 E及び上告人A2の弁護士費用分を除く損害は、次のとおりである。
(一)E
遺体搬送料 六万六〇八○円
逸失利益 三九一三万八五一二円
慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円
葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円
合計 六〇四〇万四五九二円
(二)上告人A2
治療費 八万三六六〇円
入院雑費 二万二一〇〇円
休業損害 一六万〇九八七円
慰謝料 三一万〇〇〇〇円
合計 五七万六七四七円
5 ところで、Dは、走行中に先行車が急に進路を変更することもあり得るから、前方の車両の動静に注意して進行すべき注意義務があるのに、進路の前方注視を怠り、また、制限速度を約二〇キロメートル超過してD車を走行させたために本件事故に至った。同人の過失割合は、三割五分が相当である。D及びEは上告人らの子であって、上告人A2及びEとDとは、身分上、生活関係上一体の関係があったから、Dの右過失は、被上告人らに対する関係において被害者側の過失としてしん酌すべきである。
また、Eにも、本件事故当時、シートベルトを装着していなかった過失があり、右過失が本件事故の損害を拡大させた。同人の過失割合は、五分が相当である。
したがって、被上告人らに対する関係において、Eの損害については四割、上告人A2の損害については三割五分の過失相殺をするのが相当であり、過失相殺後のEの損害額は三六二四万二七五五円、同上告人の損害額は三七万四八八五円となる。
6 上告人らは、Eの両親として、Eの本件事故による損害賠償請求権を相続により二分の一ずつ取得した。
7 自動車損害賠償保障法(「自賠法」)によりD車について締結された自動車損害賠償責任保険契約(以下、同法により締結された自動車損害賠償責任保険契約を「自賠責保険」という。)に基づき、上告人らはEの損害の賠償として三〇〇〇万円、上告人A2は自己の損害の賠償として二九万二八六〇円の支払を受けた(以下、これらの支払額を「本件てん補額」という。)。
二 本件訴訟は、上告人らが、上告人A2はEの相続人及び被害者として、上告人A1はEの相続人として、被上告人B1に対しては民法七〇九条に基づき、被上告会社に対しては自賠法三条に基づきその損害賠償を請求するものである。
その請求額は、各上告人につきEがてん補を受けるべき損害額(前記一4(一)の損害の九割五分相当額)の二分の一の額から本件てん補額の二分の一の額を控除した残金、上告人A2につき同上告人がてん補を受けるべき損害額(前記一4(二))から本件てん補額を控除した残金に、各上告人につき弁護士費用の損害各一〇〇万円を加算した金員並びに右各残金に対する本件事故発生日の翌日から、及び弁護士費用の損害に対する訴状送達の日の翌日(被上告人B1については平成七年三月一七日、被上告会社については同月一八日)から年五分の割合による遅延損害金である。
被上告人らは、本件てん補額は被上告人らが支払うべき前記一5の過失相殺後の賠償額から控除すべきであると主張するのに対し、上告人らは、本件てん補額は上告人A2及びEがてん補を受けるべき損害額から控除すべきであって、被上告人らが賠償すべき損害額から控除すべきではないと主張する。
三 原審は、被上告人らの損害賠償責任を認めた上、D車についての自賠責保険に基づいて上告人らに支払われた金員であっても、本件事故によって生じた損害をてん補するために支払われたものというべきであるから、本件てん補額を被上告人らが賠償すべき損害額から控除すべきことは当然であるとして、上告人らの請求を右控除後の損害額に弁護士費用の損害を加算した金額及びこれらに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものであるとした。
四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 甲及び乙が一つの交通事故によってその被害者丙に対して連帯して損害賠償責任を負う場合において、乙の損害賠償責任についてのみ過失相殺がされ、甲及び乙が賠償すべき損害額が異なることになることがある。この場合、甲が損害の一部をてん補したときに、そのてん補された額を乙が賠償すべき損害額から控除することができるとすると、次のような不合理な結果が生ずる。
すなわち、乙は、自己の責任を果たしていないにもかかわらず右控除額だけ責任を免れることになるのに、甲が無資力のためにその余の賠償をすることができない場合には、乙が右控除後の額について賠償をしたとしても、丙はてん補を受けるべき損害の全額のてん補を受けることができないことになる。
また、前記の設例において、甲及び乙が共に自賠責保険の被保険者である場合を考えると、甲の自賠責保険に基づき損害の一部がてん補された場合に右損害てん補額を乙が賠償すべき損害額から控除すると、乙の自賠責保険に基づきてん補されるべき金額はそれだけ減少することになる。
その結果、本来は甲、乙の自賠責保険金額の合計額の限度で被害者の損害全部をてん補することが可能な事故の場合であっても、自賠責保険金による損害のてん補が不可能な事態が生じ得る。以上の不合理な結果は、民法の定める不法行為法における公平の理念に反するといわざるを得ない。
したがって、甲がしたてん補の額は丙がてん補を受けるべき損害額から控除すべきであって、控除後の残損害額が乙が賠償すべき損害額を下回ることにならない限り、乙が賠償すべき損害額に影響しないものと解するのが相当である。
2 これを本件について見ると、本件事故は、被上告人B1及びDの過失により発生したものであり、Eがてん補を受けるべき損害は、Eの過失を考慮すると、五七三八万四三六二円であるところ、Dが賠償すべき損害額は右と同額であり、被上告人らが賠償すべき損害額は前記一5の過失相殺後の三六二四万二七五五円である。
そして、本件てん補額三〇〇〇万円を右五七三八万四三六二円から控除すると、Eの残損害額は二七三八万四三六二円となるから、被上告人らが賠償すべき損害額は、右と同額となる。また、上告人A2の損害についても、以上と同様であって、同上告人がてん補を受けるべき損害額は五七万六七四七円であるところ、Dが賠償すべき損害額は右と同額であり、被上告人らが賠償すべき損害額は前記過失相殺後の三七万四八八五円であって、本件てん補額二九万二八六〇円を右五七万六七四七円から控除すると、同上告人の残損害額は二八万三八八七円となるから、被上告人らが賠償すべき損害額は、右と同額になる。
3 そうすると、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
五 以上に説示したところによると、被上告人らは、各自、上告人A1に対しては、Eの右残損害額の二分の一相当の一三六九万二一八一円に弁護士費用の損害として一〇〇万円を加算した一四六九万二一八一円並びにうち一三六九万二一八一円に対する本件事故発生の日である平成五年八月一七日から、及びうち一〇〇万円に対する被上告人B1については訴状送達日の翌日である平成七年三月一七日から、被上告会社については訴状送達日の翌日である同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、上告人A2に対しては、Eの右残損害額の二分の一相当の一三六九万二一八一円及び同上告人の右残損害額二八万三八八七円に弁護士費用の損害として一〇〇万円を加算した一四九七万六〇六八円並びにうち一三九七万六〇六八円に対する平成五年八月一七日から、及びうち一〇〇万円に対する被上告人B1については平成七年三月一七日から、被上告会社については同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、これと同旨の上告人らの請求はすべて理由がある。したがって、原判決中上告人らの敗訴部分は破棄を免れず、これを主文第一項のとおり変更するのが相当である。