最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 いわゆる懲罰的損害賠償を命じた外国裁判所の判決について執行判決をすることの可否

 平成9年7月11日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
外国裁判所の判決のうち、補償的損害賠償等に加えて、見せしめと制裁のために懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分については、執行判決をすることができない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/782/054782_hanrei.pdf

 

 1 本件は、上告人がアメリカ合衆国カリフォルニア州裁判所の判決についての執行判決を求める訴えであるところ、原審が適法に確定した事実等は、次のとおりである。

  (一) カリフォルニア州民法典には、契約に起因しない義務の違反を理由とする訴訟において、被告に欺罔行為などがあったとされた場合、原告は、実際に生じた損害の賠償に加えて、見せしめと被告に対する制裁のための損害賠償を受けることができる旨の懲罰的損害賠償に関する規定(三二九四条)が置かれている。

  (二) カリフォルニア州上位裁判所は、昭和五七年(一九八二年)五月一九日、上告人と被上告会社の子会社である同州法人Dとの間の賃貸借契約締結について被上告人らが上告人に対して欺罔行為を行ったことを理由として、被上告人らに対し、補償的損害賠償として四二万五二五一ドル及び訴訟費用として四万〇一〇四ドル七一セントを支払うよう命ずるとともに、被上告会社に対し、これに加えて、右規定に基づく懲罰的損害賠償として一一二万五〇〇〇ドルを上告人に支払うよう命ずる判決(「本件外国判決」)を言い渡した。

  (三) 上告人及び被上告人らは、本件外国判決に対してカリフォルニア州控訴裁判所に控訴したが、同裁判所は、昭和六二年(一九八七年)五月一二日、各控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、本件外国判決が確定した。

 2(一) 執行判決を求める訴えにおいては、外国裁判所の判決が民訴法二〇〇条各号に掲げる条件を具備するかどうかが審理されるが(民事執行法二四条三項)、民訴法二〇〇条三号は、外国裁判所の判決が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことを条件としている。

外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからといって、その一事をもって直ちに右条件を満たさないということはできないが、それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には、その外国判決は右法条にいう公の秩序に反するというべきである。

  (二) カリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償(「懲罰的損害賠償」)の制度は、悪性の強い行為をした加害者に対し、実際に生じた損害の賠償に加えて、さらに賠償金の支払を命ずることにより、加害者に制裁を加え、かつ、将来における同様の行為を抑止しようとするものであることが明らかであって、その目的からすると、むしろ我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。

これに対し、我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり(最高裁平成五年三月二四日大法廷判決)、加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない。

もっとも、加害者に対して損害賠償義務を課することによって、結果的に加害者に対する制裁ないし一般予防の効果を生ずることがあるとしても、それは被害者が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたことの反射的、副次的な効果にすぎず、加害者に対する制裁及び一般予防を本来的な目的とする懲罰的損害賠償の制度とは本質的に異なるというべきである。

我が国においては・加害者に対して制裁を科し、将来の同様の行為を抑止することは、刑事上又は行政上の制裁にゆだねられているのである。

そうしてみると、不法行為の当事者間において、被害者が加害者から、実際に生じた損害の賠償に加えて、制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは、右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。

  (三) したがって、本件外国判決のうち、補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて、見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反するから、その効力を有しないものとしなければならない。

 3 以上によれば、本件外国判決のうち懲罰的損害賠償としての金員の支払を命ずる部分について執行判決の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、是認することができる。

論旨は、原判決が憲法前文及び日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約六条一項に違背するという点も含め、独自の見解に立って原審の法令の解釈適用を非難するものにすぎず、採用することができない。