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損害賠償額を過少に算定した違法があるとしてされた上告の上告理由書提出期間経過後にこれを過大に算定した違法があるとしてされた附帯上告の適否

平成9年1月28日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
一 一時的に我が国に滞在し将来出国が予定される外国人の事故による逸失利益を算定するに当たっては、予測される我が国での就労可能期間内は我が国での収入等を基礎とし、その後は想定される出国先での収入等を基礎とするのが合理的であり、我が国における就労可能期間は、来日目的、事故の時点における本人の意思、在留資格の有無、在留資格の内容、在留期間、在留期間更新の実績及び蓋然性、就労資格の有無、就労の態様等の事実的に及び規範的な諸要素を考慮して、これを認定するのが相当である。

二 短期滞在の在留資格で我が国に入国し、在留期間経過後も不法に残留して就労していた外国人が、労災事故により後遺障害を残す負傷をし、事故後も国内に残留し事故の二〇日後から約五箇月後までの間は製本会社で就労するなどして収入を得ているが、最終的には退去強制の対象とならざるを得ず、特別に在留が合法化され退去強制を免れ得るなどの事情は認められないという判示の事実関係の下においては、右外国人の逸失利益の算定に当たり、我が国における就労可能期間を同人が事故後に勤めた右製本会社を退社した日の翌日から三年間を超えるものとは認められないとした原審の認定判断は、不合理とはいえない。

三 損害賠償額を過少に算定した違法があるとしてされた上告の上告理由書提出期間経過後に、これを過大に算定した違法があるとしてされた附帯上告は、不適法である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/509/052509_hanrei.pdf

 1 本件は、在留期間を超えて我が国に残留している外国人が、被上告人有限会社B1で就労中に労災事故に被災して後遺障害を残す傷害を負ったため、使用者である被上告会社等に対して損害賠償を求めるものである。

 2 財産上の損害としての逸失利益は、事故がなかったら存したであろう利益の喪失分として評価算定されるものであり、その性質上、種々の証拠資料に基づき相当程度の蓋然性をもって推定される当該被害者の将来の収入等の状況を基礎として算定せざるを得ない。損害の填補、すなわち、あるべき状態への回復という損害賠償の目的からして、右算定は、被害者個々人の具体的事情を考慮して行うのが相当である。こうした逸失利益算定の方法については、被害者が日本人であると否とによって異なるべき理由はない。したがって、一時的に我が国に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益を算定するに当たっては、当該外国人がいつまで我が国に居住して就労するか、その後はどこの国に出国してどこに生活の本拠を置いて就労することになるか、などの点を証拠資料に基づき相当程度の蓋然性が認められる程度に予測し、将来のあり得べき収入状況を推定すべきことになる。そうすると、予測される我が国での就労可能期間ないし滞在可能期間内は我が国での収入等を基礎とし、その後は想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎として逸失利益を算定するのが合理的ということができる。そして、我が国における就労可能期間は、来日目的、事故の時点における本人の意思、在留資格の有無、在留資格の内容、在留期間、在留期間更新の実績及び蓋然性、就労資格の有無、就労の態様等の事実的及び規範的な諸要素を考慮して、これを認定するのが相当である。
 在留期間を超えて不法に我が国に残留し就労する不法残留外国人は、出入国管理及び難民認定法二四条四号ロにより、退去強制の対象となり、最終的には我が国からの退去を強制されるものであり、我が国における滞在及び就労は不安定なものといわざるを得ない。そうすると、事実上は直ちに摘発を受けることなくある程度の期間滞在している不法残留外国人がいること等を考慮しても、在留特別許可等によりその滞在及び就労が合法的なものとなる具体的蓋然性が認められる場合はともかく、不法残留外国人の我が国における就労可能期間を長期にわたるものと認めることはできないものというべきである。

 3 原審の適法に確定するところによれば、上告人は、パキスタン回教共和国(パキスタン・イスラム共和国)の国籍を有する者であり、昭和六三年一一月二八日、我が国において就労する意図の下に、同共和国から短期滞在(観光目的)の在留資格で我が国に入国し、翌日から被上告会社に雇用され、在留期間経過後も不法に残留し、継続して被上告会社において製本等の仕事に従事していたところ、平成二年三月三〇日に本件事故に被災して後遺障害を残す負傷をしたものであり、その後も、国内に残留し、同年四月一九日から同年八月二三日までの間は別の製本会社で就労し、更にその後は、友人の家を転々としながらアルバイト等を行って収入を得ているが、出入国管理及び難民認定法によれば、最終的には退去強制の対象とならざるを得ないのであって、上告人について、特別に在留が合法化され、退去強制を免れ得るなどの事情は認められないというのである。
原審は、右事実関係の下において、上告人が本件事故後に勤めた製本会社を退社した日の翌日から三年間は我が国において被上告会社から受けていた実収入額と同額の収入を、その後は来日前にパキスタン回教共和国(パキスタン・イスラム共和国)で得ていた収入程度の収入を得ることができたものと認めるのが相当であるとしたが、上告人の我が国における就労可能期間を右の期間を超えるものとは認めなかった原審の認定判断は、右に説示したところからして不合理ということはできず、原判決に所論の違法があるとはいえない。また、出国先ないし将来の生活の本拠、労働能力喪失率等所論の点に関する原審の認定判断も、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足り、その過程に所論の違法はない。
 論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は右と異なる見解に基づき原判決の法令解釈の誤りをいうものであって、採用することができない。

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 四 同二の6及び同五のうちこれと同旨をいう部分について
 労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和四九年労働省令第三〇号)に基づく休業特別支給金、障害特別支給金等の特別支給金の支給は、労働者災害補償保険法に基づく本来の保険給付ではなく、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり(平成七年法律第三五号による改正前の労働者災害補償保険法二三条一項二号、同規則一条)、使用者又は第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について、保険給付の場合のような調整規定(同法六四条、一二条の四)もない。このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると、特別支給金が被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできず、被災労働者が労働者災害補償保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできないと解するのが相当である(最高裁平成八年二月二三日第二小法廷判決)。これと異なり、上告人が労働者災害補償保険から支給を受けた特別支給金合計三五万三七八七円を上告人の財産的損害の額から控除した第一審及び原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。

本件において、特別支給金を除いた労働者災害補償保険給付の額は一四二万三九一〇円であり、填補の対象となる財産的損害の額は一六四万〇一三五円であるから、財産的損害について、被上告人らには、なお二一万六二二五円の損害賠償債務が残ることになる(なお、この場合においても、弁護士費用の額を二〇万円とした原審の判断は相当である)。そうすると、上告人の請求は、被上告人らに対し、各自二一六万六二二五円及びこれに対する被上告会社については平成二年七月一四日から、被上告人B2については同年三月三〇日から、各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却すべきものであって、前示違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、原判決のうち上告人の控訴を棄却した部分はこの限度において破棄を免れず、右部分及び第一審判決は右の趣旨に変更すべきものである。

 五 附帯上告について
 附帯上告は、それが上告理由と別個の理由に基づくものであるときは、当該上告についての上告理由書提出期限内に原裁判所に附帯上告状を提出してすることを要するものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和三八年七月三〇日第三小法廷判決、最高裁平成三年六月一八日第三小法廷判決)。これを本件についてみるに、本件附帯上告理由は、いずれも上告理由とは別個のものといわざるを得ないところ、本件附帯上告状が、本件上告事件につき上告代理人に対し上告受理通知書が送達された日から五〇日を超えた後の平成八年一一月一九日に提出されたことは、記録上明らかである。したがって、本件附帯上告は、不適法であって、却下を免れない。