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誤った行政庁に宛てて審査請求書を提出することによりされた審査請求に係る不作為の違法確認の訴え及び義務付けの訴えが不適法でありその不備を補正することができないとされた事例

令和3年1月22日最高裁判所第二小法廷判決

判示事項    
1 被告の代表者を誤って提起された訴えが不適法でありその不備を補正することができないとされた事例
2 誤った行政庁に宛てて審査請求書を提出することによりされた審査請求に係る不作為の違法確認の訴え及び義務付けの訴えが不適法でありその不備を補正することができないとされた事例

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/962/089962_hanrei.pdf

 

1 被上告人は,平成29年4月13日,個人情報の保護に関する条例(平成8年兵庫県条例第24号。「本件条例」)に基づき,上告人の病院事業の管理者(「本件管理者」)に対し,叔父の診療記録等に係る開示の請求(「本件開示請求」)をした。

本件管理者は,被上告人に対し,叔父の任意後見人にすぎない被上告人は開示請求権を有しない旨を説明するなどしたものの,本件開示請求に対する処分をしなかった(この不作為を「本件管理者不作為」という。)。

そこで,被上告人は,平成29年8月22日付けで,審査庁を兵庫県知事(「知事」)と記載した審査請求書を知事に宛てて提出し,本件管理者不作為についての審査請求(「本件審査請求」)をした。

知事は,本件審査請求に対する裁決をせず(この不作為を「本件知事不作為」という。),本件管理者が,同年9月27日付けで,本件審査請求を却下する裁決(「本件裁決」)をした。

2 本件は,被上告人が,上告人を相手に,いずれも知事を上告人の代表者として,次の請求をする事案である。

(1) 本件裁決は権限のない者がした違法なものであるとして,本件裁決の取消しを求めるもの(以下「請求1」という。)

(2) 本件知事不作為は違法であるなどとして,その違法の確認を求めるもの(以下「請求2」という。)及び知事が本件審査請求を認容する裁決をすることの義務付けを求めるもの(以下「請求3」という。)

(3) 本件管理者不作為を理由として,国家賠償法1条1項に基づく慰謝料の支払を求めるもの(以下「請求4」という。)

3 関係法令の定めは,次のとおりである。

(1) 兵庫県病院事業の設置等に関する条例(昭和41年兵庫県条例第56号)1条の2は,病院事業に地方公営企業法の全部を適用する旨を定めているところ,同法は,地方公営企業を経営する地方公共団体に,地方公営企業の業務を執行させるため,事業ごとに管理者を置き,管理者は地方公共団体の長が任命する旨を定めている(7条本文,7条の2第1項)。そして,管理者は,同法8条1項各号に掲げる事項を除き,法令に特別の定めがない限り,地方公営企業の業務を執行し,当該業務の執行に関し当該地方公共団体を代表するものとされ(同項柱書き),地方公共団体の長は,同法16条所定の場合に,当該管理者に対し,当該地方公営企業の業務の執行について必要な指示をすることができるものとされている(同条)。

(2)ア 本件条例は,何人も,実施機関(知事,病院事業の管理者等をいう。2条4号)に対し,当該実施機関が保有する自己を本人とする個人情報(「保有個人情報」)の開示の請求(「開示請求」)をすることができるなどと定め(14条),実施機関は,開示請求に係る保有個人情報の全部若しくは一部を開示し,又はその全部を開示しないときは,その旨の決定(「開示決定等」)をしなければならない旨を定めている(20条1項,2項)。

イ 法令に基づき行政庁に対して処分についての申請をした者は,当該申請から相当の期間が経過したにもかかわらず,行政庁の不作為(法令に基づく申請に対して何らの処分をもしないことをいう。以下同じ。)がある場合には,行政不服審査法3条に基づき,当該不作為についての審査請求をすることができるところ,上記審査請求は,法律(条例に基づく処分については,条例)に特別の定めがある場合を除くほか,不作為に係る行政庁(「不作為庁」)に上級行政庁がない場合には当該不作為庁に対してするものとされ(同法4条1号),同条1~3号に掲げる場合以外の場合には当該不作為庁の最上級行政庁に対してするものとされている(同条4号)。そして,本件条例には,本件管理者を実施機関とする開示決定等や開示請求に係る不作為についての審査請求をすべき行政庁に関し,特別の定めは置かれていない。

4 第1審は,

①本件訴えのうち請求1及び請求4に係る部分について,被告である上告人の代表者は本件管理者であるにもかかわらず,被上告人は,訴状に被告の代表者として知事と記載し,裁判所からの補正の促し及び補正命令を受けてもこれを改めなかったこと,

②本件訴えのうち請求2及び請求3に係る部分について,知事は本件審査請求をすべき行政庁とはならず,本件審査請求をもって法令に基づく申請又は審査請求をしたということはできないことを理由に,行政事件訴訟法7条,民訴法140条により,本件訴えを不適法として却下した。

5 原審は,要旨次のとおり判断し,第1審判決を取り消して本件を第1審に差し戻した。

(1) 本件訴えのうち請求1及び請求4に係る部分について,本件管理者のみが被告である上告人を代表するか,あるいは,原則的に上告人を代表する知事も本件管理者と共に上告人を代表するかは,一義的に明確であるとはいい難い。被上告人が訴状に被告の代表者として知事と記載したからといって,本件訴えのうち上記部分を不適法なものとするのは相当でなく,このことは,被上告人が補正命令に従わなかったとしても左右されない。

(2) 本件訴えのうち請求2及び請求3に係る部分についてみると,本件審査請求をすべき行政庁が本件管理者であることは,一義的に明確とはいえず,被上告人が本件審査請求をすべき行政庁と異なる行政庁を記載したとしても,審査請求をすべき行政庁に対し審査請求がされたものと取り扱うのが相当というべきである。被上告人が法令に基づく審査請求をしたとはいえないなどとして,本件訴えのうち上記部分を不適法なものとするのは相当でない。

6 しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 本件訴えのうち請求1及び請求4に係る部分について

地方公営企業法の定めによれば,管理者は,原則として地方公営企業の業務の執行に関し地方公共団体を代表するものとされ(同法8条1項),地方公共団体の長は,管理者に対し,同法16条所定の場合に限って必要な指示をすることができるにとどまるものとされている(同条)。

そうすると,同法は,地方公営企業の業務の執行を原則として管理者に委ねているものと解され,その業務の執行に関し管理者が当該地方公共団体の代表権を有する場合には,当該地方公共団体の長はその代表権を有しないというべきである。

上告人においては,病院事業に地方公営企業法の全部が適用され,本件管理者が置かれている。

本件管理者は,本件条例において実施機関とされ,保有個人情報に係る開示決定等をする権限を与えられているところ,その権限を行使しないという本件管理者不作為は,病院事業の業務の執行に関するものといえ,本件管理者不作為についての本件審査請求に対してされた本件裁決も,これと同様であるといえる。

そうすると,本件訴えのうち請求1及び請求4に係る部分につき応訴することは,病院事業の業務の執行に関するものと解される。

そして,上記の応訴は,地方公営企業法8条1項各号に掲げられているいずれの事項にも当たらず,そのほかに,当該応訴に当たって上告人を代表すべき者について法令に特別の定めも存しない。

以上によれば,本件訴えのうち請求1及び請求4に係る部分については,本件管理者が上告人の代表権を有する一方,知事はこれを有しないというべきである。

イ 被上告人は,本件訴えのうち請求1及び請求4に係る部分について,上告人の代表権を有しない知事を被告の代表者として訴えを提起したものであるところ,記録によれば,第1審からその補正を命じられたにもかかわらず,現在に至るまで,これに応じていないと認められる。

そうすると,本件訴えのうち上記部分は,不適法であり(民訴法37条,34条1項参照),その不備はもはや補正することができないというべきである。

(2) 本件訴えのうち請求2及び請求3に係る部分について

行政不服審査法4条1号によれば,不作為についての審査請求は,特別の定めがある場合を除くほか,不作為庁に上級行政庁がない場合には,当該不作為庁に対してするものとされている。

前記のとおり,地方公共団体の長は,地方公営企業法における管理者に対し,同法16条所定の場合に限って必要な指示をすることができるにとどまり,地方公共団体の長の管理者に対する一般的指揮監督権は排除されているものと解される。

また,本件管理者による開示決定等に関し,知事が本件管理者に対して指揮監督権を有する旨の法令の定めも存しない。

そうすると,本件条例に基づく開示請求に対する本件管理者の不作為について,知事は,指揮監督権を有せず,これを是正する職責や権限を有しないから,本件管理者の上級行政庁には当たらない。

他の行政庁が本件管理者の上級行政庁に当たることの法令上の根拠も見当たらず,不作為庁である本件管理者には上級行政庁がないものといえる。

そして,前記のとおり,本件条例に基づく開示請求に係る本件管理者の不作為についての審査請求をすべき行政庁に関し,本件条例に特別の定めは置かれておらず,他の条例等に特別の定めがあることもうかがわれない。

以上によれば,上記不作為についての審査請求は,本件管理者に対してすべきものである。

イ 本件訴えのうち請求2に係る部分は,被上告人が知事に対して本件管理者不作為について本件審査請求をしたことを前提に,知事の不作為(本件知事不作為)が違法であるとして提起された不作為の違法確認の訴え(行政事件訴訟法3条5項)であり,この訴えは,違法の確認を求める不作為に係る行政庁(不作為庁)に対して法令に基づく申請をした者に限り,提起することができるものである(同法37条)。

本件審査請求は,審査庁を知事と記載した審査請求書を知事に宛てて提出することによりされたものの,上記アのとおり本件管理者不作為についての審査請求をすべき行政庁である本件管理者に対してされた審査請求であるとの整理がされ,本件管理者により本件裁決をするという取扱いがされたものといえる。

このような取扱いがされたことからすれば,本件審査請求は,本件管理者に対してされたものとみるべきであり,知事は本件審査請求に対する応答義務を負うものとは解されず,本件審査請求をもって,被上告人が不作為庁である知事に対して法令に基づく申請をしたということはできないものと解すべきである。

以上によれば,本件訴えのうち上記部分は,不適法であり,その不備を補正することができないというべきである。

ウ 本件訴えのうち請求3に係る部分は,本件知事不作為が違法であるなどとして提起された義務付けの訴え(行政事件訴訟法3条6項2号)であるところ,上記イに述べたところからすれば,上記部分も,不適法であり(同法37条の3第1項1号),その不備を補正することができないというべきである。

7 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,本件訴えを不適法として却下した第1審判決は是認することができるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
なお,本件訴えは,不適法でその不備を補正することができないものであるから,口頭弁論を経ないで判決をすることとする。