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保険料の払込みがされない場合に履行の催告なしに生命保険契約が失効する旨を定める約款の条項の,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」該当性

平成24年3月16日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
生命保険契約に適用される約款中の保険料の払込みがされない場合に履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める条項は,(1)これが,保険料が払込期限内に払い込まれず,かつ,その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない場合に,初めて保険契約が失効する旨を明確に定めるものであり,(2)上記約款に,払い込むべき保険料等の額が解約返戻金の額を超えないときは,自動的に保険会社が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる旨の条項が置かれており,(3)保険会社が,保険契約の締結当時,上記債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う実務上の運用を確実にしているときは,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/127/082127_hanrei.pdf

 

 1 本件は,保険会社である上告人との間で生命保険等の保険契約を締結した被上告人が,上告人に対し,上記保険契約が存在することの確認を求める事案である。上告人は,約定の期間内に保険料の払込みがないときは当然に保険契約が失効する旨の約款の条項により上記保険契約は失効したと主張するのに対し,被上告人は,上記条項は消費者契約法10条により無効であるなどとして,これを争っている。

 2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,上告人との間で,平成16年8月1日に原判決別紙保険契約目録記載1の医療保険契約(「本件医療保険契約」)を,平成17年3月1日に同目録記載2の生命保険契約(以下「本件生命保険契約」といい,本件医療保険契約と併せて「本件各保険契約」という。)を,それぞれ締結した。
 本件各保険契約は,消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

 (2) 本件各保険契約の保険料の支払は,月払とされていたところ,本件各保険契約に適用される約款(以下「本件約款」という。)には,月払の保険料の弁済期と保険契約の失効に関して,次のような条項がある。

 ア 第2回目以後の保険料は,月単位の契約応当日の属する月の初日から末日まで(「払込期月」)の間に払い込む。

 イ(ア) 第2回目以後の保険料の払込みについては,払込期月の翌月の初日から末日までを猶予期間とする。

 (イ) 上記猶予期間内に保険料の払込みがないときは,保険契約は,上記猶予期間満了日の翌日から効力を失う(以下,この条項を「本件失効条項」という。)。

 ウ 保険料の払込みがないまま上記猶予期間が過ぎた場合でも,払い込むべき保険料と利息の合計額(「保険料等の額」)が解約返戻金の額(当該保険料の払込みがあったものとして計算し,保険契約者に対する貸付けがある場合には,その元利金を差し引いた残額。以下同じ。)を超えないときは,自動的に上告人が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる(以下,この条項を「本件自動貸付条項」という。)。当該貸付けは上記猶予期間満了日にされたものとし,その利息は年8%以下の上告人所定の利率で計算するものとする。

 エ 保険契約者は,保険契約が効力を失った日から起算して1年以内(本件医療保険契約の場合)又は3年以内(本件生命保険契約の場合)であれば,上告人の承諾を得て,保険契約を復活させることができる(「本件復活条項」)。この場合における上告人の責任開始期は,復活日とする。

 (3) 本件各保険契約の保険料は口座振替の方法によることとされていたところ,平成19年1月を払込期月とする同月分の本件各保険契約の保険料につき,保険料振替口座の残高不足のため,同月中に払込みがされず,同年2月中にも払込みがされなかった。

 3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断し,本件失効条項は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人の請求を認容した。

 (1) 本件各保険契約の第2回目以後の保険料の弁済期限は,本件約款に定められた猶予期間の末日であり,本件失効条項は,弁済期限の経過により直ちに本件各保険契約が失効することを定めたものである。

 (2) 本件自動貸付条項及び本件復活条項は,契約の失効によって保険契約者が受ける不利益を補う手段として十分ではないし,上告人が従来から実務上保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行っていたか否かは,本件失効条項の効力を判断するに当たって考慮すべき事情には当たらない。

 4 しかしながら,本件各保険契約の第2回目以後の保険料の弁済期限を上記猶予期間の末日であると解した上,本件失効条項が消費者契約法10条により無効であるとした原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 前記事実関係によれば,本件約款においては,第2回目以後の保険料は払込期月の間に払い込むべき旨が明確に定められているのであって,第2回目以後の保険料の弁済期限は各払込期月の末日であることが明らかである。

本件約款に定められた猶予期間は,保険料支払債務の不履行を理由とする保険契約の失効を当該払込期月の翌月の末日まで猶予する趣旨のものというべきである。

そうすると,本件失効条項は,保険料が払込期月内に払い込まれず,かつ,その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない場合に,保険契約が失効する旨を定めたものと解される。

 (2) 本件失効条項は,上記のように,保険料の払込みがされない場合に,その回数にかかわらず,履行の催告(民法541条)なしに保険契約が失効する旨を定めるものであるから,この点において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である保険契約者の権利を制限するものであるというべきである。

 (3) そこで,本件失効条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たるか否かについて検討する。

 ア 民法541条の定める履行の催告は,債務者に,債務不履行があったことを気付かせ,契約が解除される前に履行の機会を与える機能を有するものである。本件各保険契約のように,保険事故が発生した場合に保険給付が受けられる契約にあっては,保険料の不払によって反対給付が停止されるようなこともないため,保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに気付かない事態が生ずる可能性が高く,このことを考慮すれば,上記のような機能を有する履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める本件失効条項によって保険契約者が受ける不利益は,決して小さなものとはいえない。

 イ しかしながら,前記事実関係によれば,本件各保険契約においては,保険料は払込期月内に払い込むべきものとされ,それが遅滞しても直ちに保険契約が失効するものではなく,この債務不履行の状態が一定期間内に解消されない場合に初めて失効する旨が明確に定められている上,上記一定期間は,民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月とされているのである。

加えて,払い込むべき保険料等の額が解約返戻金の額を超えないときは,自動的に上告人が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる旨の本件自動貸付条項が定められていて,長期間にわたり保険料が払い込まれてきた保険契約が1回の保険料の不払により簡単に失効しないようにされているなど,保険契約者が保険料の不払をした場合にも,その権利保護を図るために一定の配慮がされているものといえる。

 ウ さらに,上告人は,本件失効条項は,保険料支払債務の不履行があった場合には契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う実務上の運用を前提とするものである旨を主張するところ,仮に,上告人において,本件各保険契約の締結当時,保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う態勢を整え,そのような実務上の運用が確実にされていたとすれば,通常,保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると考えられる。

多数の保険契約者を対象とするという保険契約の特質をも踏まえると,本件約款において,保険契約者が保険料の不払をした場合にも,その権利保護を図るために一定の配慮をした上記イのような定めが置かれていることに加え,上告人において上記のような運用を確実にした上で本件約款を適用していることが認められるのであれば,本件失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないものと解される。

 (4) そうすると,原審が本件約款に定められた猶予期間の解釈を誤ったものであることは明らかであり,本件約款に明確に定められている本件失効条項について,上告人が上記(3)ウのような運用を確実にしていたかなど,消費者に配慮した事情につき審理判断することなく,これを消費者契約法10条により無効であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。

 5 以上によれば,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上の見地から更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

 

Summary of Judgment:
The clause in a life insurance contract that specifies the insurance contract will become void without demand for performance if the insurance premium is not paid, stipulates that (1) this will first result in the insurance contract becoming void if the premium is not paid within the payment deadline, and also not remedied within a grace period of one month thereafter, and (2) the said contract includes a provision that if the amount of the insurance premium, etc., does not exceed the surrender value, the insurance company will automatically lend the equivalent amount of the premium to the policyholder to keep the insurance contract valid, and (3) when the insurance company securely implements the practical operation of urging the policyholder to pay the insurance premium before the contract becomes void if there is a failure to perform the said obligation at the time of the conclusion of the insurance contract, it does not fall under what is referred to in Article 10 of the Consumer Contract Law as "violating the basic principles prescribed in Article 1, Paragraph 2 of the Civil Code and unilaterally harming the interests of consumers."