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外国国家の私法的ないし業務管理的な行為と民事裁判権の免除

 平成18年7月21日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
1 外国国家は,主権的行為以外の私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権に服することを免除されない。

2 外国国家の行為が,その性質上,私人でも行うことが可能な商業取引である場合には,その行為は,目的のいかんにかかわらず,外国国家が我が国の民事裁判権に服することを特段の事情がない限り免除されない私法的ないし業務管理的な行為に当たる。

3 外国国家は,私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合には,原則として,当該紛争について我が国の民事裁判権に服することを免除されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/348/033348_hanrei.pdf

 

1 本件は,上告人らが,それぞれ,被上告人の国防省の関連会社であり被上告人の代理人であるA社(「A社」)との間で,被上告人に対して高性能コンピューター等を売り渡す旨の売買契約(「本件各売買契約」)を締結し,売買の目的物を引き渡した後,売買代金債務を消費貸借の目的とする準消費貸借契約(「本件各準消費貸借契約」)を締結したと主張して,被上告人に対し,貸金元金並びにこれに対する約定利息及び約定遅延損害金の支払を求める事案である。
これに対し,被上告人は,主権国家として我が国の民事裁判権に服することを免除されると主張して,本件訴えの却下を求めた。なお,被上告人は,A社が本件各売買契約及び本件各準消費貸借契約の締結につき被上告人の代理権を有していたことを否認し,上告人らとの間の上記各契約の成立も争っている。

2 原審は,次のとおり判断して,本件訴えを却下した。
主権国家である外国国家は,我が国に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合を除き,原則として,我が国の民事裁判権に服することを免除され,外国国家が自ら進んで我が国の民事裁判権に服する場合に限って,例外が認められる。このような例外は,条約でこれを定めるか,又は,外国国家が,当該訴訟について若しくはあらかじめ将来における特定の訴訟事件について,我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示をした場合に限られる。そして,このような意思表示は,国家から国家に対してすることを要し,外国国家が私人との間の契約等において我が国の民事裁判権に服する旨の合意をしたとしても,それによって直ちに外国国家を我が国の民事裁判権に服させる効果を生ずることはないと解するのが相当である(大審院昭和3年12月28日決定)。
本件訴えは,外国国家である被上告人に対して金銭の給付を求める訴えであるところ,被上告人から我が国に対して我が国の民事裁判権に服する旨の意思表示がされた事実は認められない。被上告人政府代理人A社名義の注文書には,被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されているものの,上記注文書による意思表示は,本件各売買契約の相手方である上告人らに対してされたものにすぎない。
以上によれば,被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めるのが相当であるから,本件訴えは,不適法であり,却下を免れない。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 外国国家に対する民事裁判権免除に関しては,かつては,外国国家は,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟など特別の理由がある場合や,自ら進んで法廷地国の民事裁判権に服する場合を除き,原則として,法廷地国の民事裁判権に服することを免除されるという考え方(いわゆる絶対免除主義)が広く受け入れられ,この考え方を内容とする国際慣習法が存在していたものと解される。

しかしながら,国家の活動範囲の拡大等に伴い,国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行為とに区分し,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷地国の民事裁判権を免除するのは相当でないという考え方(いわゆる制限免除主義)が徐々に広がり,現在では多くの国において,この考え方に基づいて,外国国家に対する民事裁判権免除の範囲が制限されるようになってきている。

これに加えて,平成16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された「国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約」も,制限免除主義を採用している。

このような事情を考慮すると,今日においては,外国国家は主権的行為について法廷地国の民事裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在については,これを引き続き肯認することができるものの(最高裁平成11年14年4月12日第二小法廷判決),外国国家は私法的ないし業務管理的な行為についても法廷地国の民事裁判権から免除される旨の国際慣習法はもはや存在しないものというべきである。

そこで,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為に対する我が国の民事裁判権の行使について考えるに,外国国家に対する民事裁判権の免除は,国家がそれぞれ独立した主権を有し,互いに平等であることから,相互に主権を尊重するために認められたものであるところ,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為については,我が国が民事裁判権を行使したとしても,通常,当該外国国家の主権を侵害するおそれはないものと解されるから,外国国家に対する民事裁判権の免除を認めるべき合理的な理由はないといわなければならない。

外国国家の主権を侵害するおそれのない場合にまで外国国家に対する民事裁判権免除を認めることは,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為の相手方となった私人に対して,合理的な理由のないまま,司法的救済を一方的に否定するという不公平な結果を招くこととなる。

したがって,外国国家は,その私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。

(2) また,外国国家の行為が私法的ないし業務管理的な行為であるか否かにかかわらず,外国国家は,我が国との間の条約等の国際的合意によって我が国の民事裁判権に服することに同意した場合や,我が国の裁判所に訴えを提起するなどして,特定の事件について自ら進んで我が国の民事裁判権に服する意思を表明した場合には,我が国の民事裁判権から免除されないことはいうまでもないが,その外にも,私人との間の書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約することによって,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも,原則として,当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である。

なぜなら,このような場合には,通常,我が国が当該外国国家に対して民事裁判権を行使したとしても,当該外国国家の主権を侵害するおそれはなく,また,当該外国国家が我が国の民事裁判権からの免除を主張することは,契約当事者間の公平を欠き,信義則に反するというべきであるからである。

(3) 原審の引用する前記昭和3年12月28日大審院決定は,以上と抵触する限度において,これを変更すべきである。

(4) 本件についてみると,上告人らの主張するとおり,被上告人が,上告人らとの間で高性能コンピューター等を買い受ける旨の本件各売買契約を締結し,売買の目的物の引渡しを受けた後,上告人らとの間で各売買代金債務を消費貸借の目的とする本件各準消費貸借契約を締結したとすれば,被上告人のこれらの行為は,その性質上,私人でも行うことが可能な商業取引であるから,その目的のいかんにかかわらず,私法的ないし業務管理的な行為に当たるというべきである。

そうすると,被上告人は,前記特段の事情のない限り,本件訴訟について我が国の民事裁判権から免除されないことになる。

また,記録によれば,被上告人政府代理人A社名義の注文書には被上告人が本件各売買契約に関して紛争が生じた場合に我が国の裁判所で裁判手続を行うことに同意する旨の条項が記載されていることが明らかであり,更に被上告人政府代理人A社名義で上告人らとの間で交わされた本件各準消費貸借契約の契約書において上記条項が本件各準消費貸借契約に準用されていることもうかがわれるから,上告人らの主張するとおり,A社が被上告人の代理人であったとすれば,上記条項は,被上告人が,書面による契約に含まれた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約したものであり,これによって,被上告人は,我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明したものとみる余地がある。

したがって,上記大審院判例と同旨の見解に立って,上告人らの主張する事実関係について何ら審理することなく,被上告人に対して我が国の民事裁判権からの免除を認めて,本件訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。

4 以上のとおりであるから,原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

Historically, concerning the exemption of foreign states from civil jurisdiction, it was widely accepted that foreign states were exempted from the jurisdiction of the courts of the host country, unless there were special reasons such as lawsuits relating to real estate located within the jurisdiction of the court, or if they voluntarily subjected themselves to the jurisdiction (a principle commonly referred to as the "absolute exemption doctrine"). It was understood that this principle was reflected in customary international law.

However, as the scope of state activities expanded, the distinction between acts of a sovereign nature and acts of a private or administrative nature began to emerge. Slowly, the view that it was not appropriate to exempt a foreign state from the jurisdiction of the host country's courts even for private or administrative actions began to spread (a principle known as the "restrictive exemption doctrine"). Nowadays, many countries have limited the scope of immunity for foreign states based on this latter principle.

Additionally, the "United Nations Convention on Jurisdictional Immunities of States and Their Property," adopted on December 2, 2004, at the 59th session of the United Nations General Assembly, also adopts the restrictive exemption doctrine.

Considering these developments, today, it is still recognized that there exists a customary international law that exempts foreign states from civil jurisdiction for sovereign acts (as acknowledged by the Supreme Court on April 12, 1999). However, it should be understood that there no longer exists any customary international law exempting foreign states from civil jurisdiction for private or administrative acts.

Therefore, when considering the exercise of our country's civil jurisdiction over the private or administrative actions of a foreign state, the exemption from civil jurisdiction for foreign states, which arises from the respect of each nation's sovereignty and the principle of equality among states, is not rational for private or administrative actions. This is because exercising jurisdiction over such actions would not normally infringe upon the sovereignty of the foreign state. To grant immunity to a foreign state even in cases where there is no risk of violating its sovereignty would result in unfairly denying judicial relief to private parties without a valid reason.

Consequently, unless there are special circumstances suggesting that exercising our civil jurisdiction would infringe upon the sovereignty of the foreign state, it would be appropriate to understand that foreign states are not exempted from our civil jurisdiction for their private or administrative acts.

 

弁護士中山知行