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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 債務整理に係る法律事務を受任した弁護士が,特定の債権者の債権につき消滅時効の完成を待つ方針を採る場合において,上記方針に伴う不利益等や他の選択肢を説明すべき委任契約上の義務を負うとされた事例

平成25年4月16日最高裁判所第三小法廷判決

 

裁判要旨    
債務整理に係る法律事務を受任した弁護士が,当該債務整理について,特定の債権者に対する残元本債務をそのまま放置して当該債務に係る債権の消滅時効の完成を待つ方針を採る場合において,上記方針は,債務整理の最終的な解決が遅延するという不利益があるほか,上記債権者から提訴される可能性を残し,一旦提訴されると法定利率を超える高い利率による遅延損害金も含めた敗訴判決を受ける公算が高いというリスクを伴うものである上,回収した過払金を用いて上記債権者に対する残債務を弁済する方法によって最終的な解決を図ることも現実的な選択肢として十分に考えられたなど判示の事情の下では,上記弁護士は,委任契約に基づく善管注意義務の一環として,委任者に対し,上記方針に伴う上記の不利益やリスクを説明するとともに,上記選択肢があることも説明すべき義務を負う。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=83191

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/191/083191_hanrei.pdf

 

本件において被上告人が採った時効待ち方針は,DがAに対して何らの措置も採らないことを一方的に期待して残債権の消滅時効の完成を待つというものであり,債務整理の最終的な解決が遅延するという不利益があるばかりか,当時の状況に鑑みてDがAに対する残債権の回収を断念し,消滅時効が完成することを期待し得る合理的な根拠があったことはうかがえないのであるから,Dから提訴される可能性を残し,一旦提訴されると法定利率を超える高い利率による遅延損害金も含めた敗訴判決を受ける公算が高いというリスクをも伴うものであった。
 また,被上告人は,Aに対し,Dに対する未払分として29万7840円が残ったと通知していたところ,回収した過払金から被上告人の報酬等を控除してもなお48万円を超える残金があったのであるから,これを用いてDに対する残債務を弁済するという一般的に採られている債務整理の方法によって最終的な解決を図ることも現実的な選択肢として十分に考えられたといえる。
 このような事情の下においては,債務整理に係る法律事務を受任した被上告人は,委任契約に基づく善管注意義務の一環として,時効待ち方針を採るのであれば,Aに対し,時効待ち方針に伴う上記の不利益やリスクを説明するとともに,回収した過払金をもってDに対する債務を弁済するという選択肢があることも説明すべき義務を負っていたというべきである。

 しかるに,被上告人は,平成18年7月31日頃,Aに対し,裁判所やDから連絡があった場合には被上告人に伝えてくれれば対処すること,Dとの交渉に際して必要になるかもしれないので返還する預り金は保管しておいた方が良いことなどは説明しているものの,時効待ち方針を採ることによる上記の不利益やリスクをAに理解させるに足りる説明をしたとは認め難く,また,Dに対する債務を弁済するという選択肢について説明したことはうかがわれないのであるから,上記の説明義務を尽くしたということはできない。そうである以上,仮に,Aが時効待ち方針を承諾していたとしても,それによって説明義務違反の責任を免れるものではない。

以上によれば,原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そこで,損害の点等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。 

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弁護士には,法律の専門家として,通常,受任した法律事務の処理について一定の裁量が認められるが,弁護士は,依頼者本人の権利ないし法的地位等を取り扱っているのであって,あくまでも依頼者のための助力をしているというものである。弁護士職務基本規程においても上記のような説明に関する規定が設けられているところであり,弁護士についても,少なくとも要所要所で依頼者に状況を適切に説明して受任した事務を進めることが求められているように思われ,また,それが委任契約を締結した依頼者の通常の意識ではないかと思われるところである。

そうであれば,債務整理に係る法律事務を受任した弁護士は,少なくとも,依頼者の権利義務に重大な影響を及ぼす方針を採るに際しては,特段の事情がない限り,依頼者がその方針について理解してその当否を判断することができるような説明をすることが求められていると解されるところである。

そして,説明が求められる対象が,依頼者にとっては各種の知識に乏しい専門的な領域に係る問題であることからすれば,このような問題について依頼者が十分に理解することができるよう,多角的な観点から丁寧な説明をすることが求められるというべきであり,採るべき方針の内容のほか,このような方針が具体的な不利益やリスクを伴うものである場合にはそのリスク等の内容,また,他に考えられる現実的な選択肢がある場合にはその選択肢についても併せて説明することが求められているものと思われる。

判例タイムズ1393号74頁