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Xが自己に遺産全部を相続させる旨のAの遺言の有効確認をYに対して求める訴えを提起することが信義則に反するとはいえないとされた事例

令和3年4月16日最高裁判所第二小法廷判決

1 事案の概要
本件は,Xが,Yに対し,両名の母であるAを遺言者とする自筆証書による遺言(Xに財産全部を相続させるという内容のもの。以下「本件遺言」という。)が有効であることの確認を求める事案である。
2 事実関係の概要
(1) X及びYは,いずれもAの子である。
(2) Yは,Aの死後,Xに対し,YがAの遺産を法定相続分の割合により相続したなどと主張して,Aの死後にXが払い戻したA名義の預金の返還,Aの生前にAからXに所有権移転登記がされた不動産についてその登記の抹消登記手続等を求める訴え(「前件本訴」)を提起した。
これを受け,Xは,Yに対し,XがAの医療費等を立て替えており,YがAの立替金債務を法定相続分の割合により相続したなどと主張して,その支払等を求める反訴(「前件反訴」)を提起した。
(3) Xは,前訴において,Aとの売買等により不動産を取得したものであり,生前にAから与えられた権限に基づき預金の払戻しをしたなどと主張して,前件本訴に係る請求を争うとともに,Aが財産全部をXに相続させる旨の有効な本件遺言をしたと主張した。

最高裁は,まず,前訴判決においては,本件遺言の有効性について判断されることはなかったこと,前件本訴に係る請求は,Aの遺産の一部を問題とするものにすぎず,本件訴えは,前件本訴とは訴訟によって実現される利益を異にすること,前訴において,Xは,本件遺言が有効であると主張していたのであり,前件反訴に関しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎない旨述べていたこと等を挙げ,Yの決着済みとの信頼は合理的なものであるとはいえないとした。

また,本判決は,Xは,前件反訴において敗訴し,何ら利益を得ていないのであるから,本件訴えにおいて本件遺言が有効であることの確認がされたとしても,前件反訴の結果と矛盾する利益を得ることにはならないとした。

そして,本判決は,以上によれば,本件訴えの提起が信義則に反するとはいえないとして,原判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,第1審に差し戻した。

裁判要旨    
Aの相続人Yが他の相続人Xに対してAが所有していた不動産についてのXに対する所有権移転登記の抹消登記手続等を求めて提起した前訴において,YがAの遺産について相続分を有することを前提として上記の請求を一部認容する判決が確定し,また,Xが,AのXに対する立替金債務をYが法定相続分の割合により相続したと主張して,Yに対してその支払を求める反訴を提起していた場合において,Xが自己に遺産全部を相続させる旨のAの遺言が有効であることの確認をYに対して求める訴えを提起することは,次の⑴~⑷など判示の事実関係の下においては,信義則に反するとはいえない。
⑴ 上記前訴において,Xは,上記不動産はAとの売買等により取得したものであるなどと主張して本訴請求を争っており,その判決においては,上記の主張の当否が判断されたにとどまり,上記遺言の有効性について判断されることはなかった。
⑵ 上記本訴請求はAの遺産の一部を問題とするものにすぎなかった。
⑶ 上記前訴において,受訴裁判所によって上記本訴請求についての抗弁等として取り上げられることはなかったものの,Xは,上記遺言が有効であると主張しており,上記反訴に関しては上記遺言が無効であることを前提とする上記本訴請求に対応して提起したにすぎない旨述べていた。
⑷ 上記前訴において,Xによる立替払の事実が認められないとして,反訴請求を棄却する判決がされた。

 

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90252

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/252/090252_hanrei.pdf

 

事実関係等によれば,上告人は,前訴では,本件不動産はAとの売買等により取得したものであり,預金の払戻しは生前にAから与えられた権限に基づくものであるなどと主張して前件本訴に係る請求を争っていたのであって,前訴の判決においては,上記の主張の当否が判断されたにとどまり,本件遺言の有効性について判断されることはなかった。また,本件訴えで確認の対象とされている本件遺言の有効性はAの遺産をめぐる法律関係全体に関わるものであるのに対し,前件本訴ではAの遺産の一部が問題とされたにすぎないから,本件訴えは,前件本訴とは訴訟によって実現される利益を異にするものである。そして,前訴では,受訴裁判所によって前件本訴に係る請求についての抗弁等として取り上げられることはなかったものの,上告人は,本件遺言が有効であると主張していたのであり,前件反訴に関しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎない旨述べていたものである。これらの事情に照らせば,被上告人において,自らがAの遺産について相続分を有することが前訴で決着したと信頼し,又は,上告人により今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうと信頼したとしても,これらの信頼は合理的なものであるとはいえない。
また,前訴において,上告人は,被上告人に対し,被上告人がAの立替金債務を法定相続分の割合により相続したと主張し,その支払を求めて前件反訴を提起したが,上告人による立替払の事実が認められないとして請求を棄却する判決がされ,前件反訴によって利益を得ていないのであるから,本件訴えにおいて本件遺言が有効であることの確認がされたとしても,上告人が前件反訴の結果と矛盾する利益を得ることになるとはいえない。以上によれば,本件訴えの提起が信義則に反するとはいえない。

以上と異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,第1審判決を取り消し,更に審理を尽くさせるため,本件を第1審に差し戻すべきである。