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使用者が労働者に対し個別的同意なしにいわゆる在籍出向を命ずることができるとされた事例

 平成15年4月18日最高裁判所第二小法廷判決

事件の概要 

上告人(一審原告)X1,X2は,昭和36年被上告人会社(同被告)Yに入社,平成元年3月以降,製鉄所内の構内鉄道輸送業務に従事していた。Yは,昭和60年初めの鉄鋼業界の構造的不況に際し19,000人の人員削減を内容とする「中期総合計画」の下で,非生産的とされた構内輸送部門の合理化と人員の雇用調整のため組合との団体交渉を経て,昭和62年,子会社への業務委託化一出向を内容とする再構築計画を策定,対象者の選定を行い,各対象者に承諾を求めるという方法で出向者を決定した。大部分の組合員は同意したが,X1,X2は同意しなかった。

Yは,組合の了解を得たうえで,平成元年4月15日付でX1らに協力会社日鐵運輸への期間3年の出向命令を発した。X1,X2は,出向先会社に赴任のうえ,本件出向命令無効確認の訴えを起こした。
X1らの出向は,平成4年,7年,10年と3回にわたり延長された。なお,両名とも現在では,定年退職している。

裁判要旨    
出向命令の内容が,使用者が一定の業務を協力会社に業務委託することに伴い,委託される業務に従事していた労働者に対していわゆる在籍出向を命ずるものであって,就業規則及び労働協約には業務上の必要によって社外勤務をさせることがある旨の規定があり,労働協約には社外勤務の定義,出向期間,出向中の社員の地位,賃金その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定があるという事情の下においては,使用者は,当該労働者に対し,個別的同意なしに出向を命ずることができる。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62441

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/441/062441_hanrei.pdf

 

 1 原審の適法に確定した事実関係等によれば,

(1) 本件各出向命令は,被上告人が D 製鐵所の構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務を協力会社である株式会社 E 運輸(以下「E 運輸」という。)に業務委託することに伴い,委託される業務に従事していた上告人らにいわゆる在籍出向を命ずるものであること,

(2)上告人らの入社時及び本件各出向命令発令時の被上告人の就業規則には,「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」という規定があること,

(3) 上告人らに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり,労働協約である社外勤務協定において,社外勤務の定義,出向期間,出向中の社員の地位,賃金,退職金,各種の出向手当,昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること,という事情がある。
【要旨】以上のような事情の下においては,被上告人は,上告人らに対し,その個別的同意なしに,被上告人の従業員としての地位を維持しながら出向先である E運輸においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。

本件各出向命令は,業務委託に伴う要員措置として行われ,当初から出向期間の長期化が予想されたものであるが,上記社外勤務協定は,業務委託に伴う長期化が予想される在籍出向があり得ることを前提として締結されているものであるし,在籍出向といわゆる転籍との本質的な相違は,出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから,出向元との労働契約関係の存続自体が形がい化しているとはいえない本件の場合に,出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできず,これを前提として個別的同意を要する旨をいう論旨は,採用することができない。

 2 本件各出向命令が権利の濫用に当たるかどうかについて判断する。
 原審の適法に確定した事実関係等によれば,被上告人が構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務を E 運輸に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず,これに伴い,委託される業務に従事していた被上告人の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ,出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり,具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また,本件各出向命令によって上告人らの労務提供先は変わるものの,その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく,上記社外勤務協定による出向中の社員の地位,賃金,退職金,各種の出向手当,昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば,上告人らがその生活関係,労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして,本件各出向命令の発令に至る手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば,本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。

また,上記事実関係等によれば,本件各出向延長措置がされた時点においても,鉄道輸送部門における業務委託を継続した被上告人の経営判断は合理性を欠くものではなく,既に委託された業務に従事している上告人らを対象として本件各出向延長措置を講ずることにも合理性があり,これにより上告人らが著しい不利益を受けるものとはいえないことなどからすれば,本件各出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえない。