最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

いわゆる政令指定都市の区長が弁護士法23条の2に基づく照会に応じて前科及び犯罪経歴を報告したことが過失による公権力の違法な行使にあたるとされた事例

昭和56年4月14日最高裁判所第三小法廷判決

 

裁判要旨

弁護士法23条の2に基づき前科及び犯罪経歴の照会を受けたいわゆる政令指定都市の区長が、照会文書中に照会を必要とする事由としては「中央労働委員会京都地方裁判所に提出するため」との記載があつたにすぎないのに、漫然と右照会に応じて前科及び犯罪経歴のすべてを報告することは、前科及び犯罪経歴については、従来通達により一般の身元照会には応じない取扱いであり、弁護士法23条の2に基づく照会にも回答できないとの趣旨の自治省行政課長回答があつたなど、原判示の事実関係のもとにおいては、過失による違法な公権力の行使にあたる。
(補足意見、反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=56331

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/331/056331_hanrei.pdf

 

前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法23条の2に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。本件において、原審の適法に確定したところによれば、京都弁護士会が訴外D弁護士の申出により京都市伏見区役所に照会し、同市中京区長に回付された被上告人の前科等の照会文書には、照会を必要とする事由としては、照会文書に添付されていたD弁護士の照会申出書に「中央労働委員会京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、中京区長の本件報告を過失による公権力の違法な行使にあたるとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。このことは、私人による公開であつても、国や地方公共団体による公開であつても変わるところはない。国又は地方公共団体においては、行政上の要請など公益上の必要性から個人の情報を収集保管することがますます増大しているのであるが、それと同時に、収集された情報がみだりに公開されてプライバシーが侵害されたりすることのないように情報の管理を厳にする必要も高まつているといつてよい。近時、国又は地方公共団体の保管する情報について、それを広く公開することに対する要求もつよまつてきている。しかし、このことも個人のプライバシーの重要性を減退せしめるものではなく、個人の秘密に属する情報を保管する機関には、プライバシーを侵害しないよう格別に慎重な配慮が求められるのである。

本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、それに関する情報への接近をきわめて困難なものとし、その秘密の保護がはかられているのもそのためである。もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であつても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限つて公開しうるにとどまるのである。このように考えると、人の前科等の情報を保管する機関には、その秘密の保持につきとくに厳格な注意義務が課せられていると解すべきである。

本件の場合、京都弁護士会長の照会に応じて被上告人の前科等を報告した中京区長の過失の有無について反対意見の指摘するような事情が認められるとしても、同区長が前述のようなきびしい守秘義務を負つていることと、それに加えて、昭和22年地方自治法の施行に際して市町村の機能から犯罪人名簿の保管が除外されたが、その後も実際上市町村役場に犯罪人名簿が作成保管されているのは、公職選挙法の定めるところにより選挙権及び被選挙権の調査をする必要があることによるものであること(このことは、原判決の確定するところである。)を考慮すれば、同区長が前科等の情報を保管する者としての義務に忠実であつたとはいえず、同区長に対し過失の責めを問うことが酷に過ぎるとはいえないものと考える。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

市町村には、犯罪人名簿が作成保管されているが、戦後は、選挙資格の調査のために調整保存するもので、警察、検事局、裁判所等の照会のほか、知事・市町村長等が各種免許・登録等の際の資格調査をするのに必要な照会に応ずる場合は別として、身元証明等のために使用してはならないとの取扱いが行われてきた(昭和21・11・12、同22・8・14各内務省地方局長通達)。
通達は、弁護士法23条の2の制度が設けられる以前のものであり、裁判所等の中に弁護士会を含むとする解釈の余地もなくはないが、昭和36・1・31自治省行政課長回答は、弁護士会の前科照会には回答することができないとしている。

最高裁は、原審が弁護士の守秘義務は依頼者への委任事務処理状況の報告義務に優先しないというかなり一般的な論拠を持ち出していたのに対し、問題を前科の場合にしぼり、市町村長が弁護士会からの前科照会に応じてよい場合もありうることを認めたうえ、前科のもつプライバシーとしての重要性を考慮して、前科に関する情報を保管する官庁にその管理について高度の注意義務を課し、本件の場合には前科の報告をしたことが過失による違法な公権力の行使にあたるとしたものである。

なお、市町村長が弁護士会の報告に応じてもよい場合が認められているとはいえ、本判決の説示によれば、市町村長は、照会の対象とされた前科が具体的に訴訟においてどのような意味をもつ争点となつているのか、他に立証方法はないのかなどの点について調査、確認すべきことになり、実際問題としてのその報告を得ることは極めて困難なものとなることも予想されよう。判例タイムズ442号55頁

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現時点での個人情報保護法では、要配慮個人情報とは、「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」とされており、政令では以下の通り。 

「犯罪の経歴」に準ずるもの
(ⅰ)被疑者又は被告人として刑事手続を受けた事実
被疑者又は被告人として、刑事訴訟法に基づき、逮捕、捜索、差押え、勾留、公訴の提起等の刑事手続を受けた事実は、有罪判決を受けていなくとも刑事手続を受けたのであれば、犯罪への関与があったものと強く推測され、社会から不利益な扱いを受けることが考えられることから、本人としては秘匿したいと考えることが一般的と考えられることを勘案するもの。
(ⅱ)非行少年として少年保護事件の手続を受けた事実
非行少年として、少年法に基づき、調査、観護の措置、審判、保護処分等の一切の少年保護事件に関する手続等を受けた事実は、成人の場合における犯罪の経歴や刑事手続を受けた事実と同様に、差別や偏見を生じさせ本人の更生を妨げ得るものと考えられることを勘案するもの。なお、同様の観点から、少年法第 61 条において、家庭裁判所の審判に付された少年について本人であることが推知できるような記事等を出版物に掲載してはならない旨を規定している。

要配慮個人情報の取得時の本人同意の例外
個人情報保護法第 17 条第2項では、本人の利益のために必要がある場合や他の利益のためにやむを得ない場合等、あらかじめの本人の同意なく要配慮個人情報を取得できることとしている。政令においてもこれらに準ずる一定の場合を定めることとしている。