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株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をしたことを理由に同取引の無効を会社以外の者が主張することの可否

平成21年4月17日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合,当該会社以外の者が取締役会の決議を経ていないことを理由にその無効を主張することは,当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り,許されない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=37535

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/535/037535_hanrei.pdf

 

会社法362条4項は,同項1号に定める重要な財産の処分も含めて重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めているので,代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行をすることは許されないが,代表取締役は株式会社の業務に関して一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することにかんがみれば,代表取締役が取締役会の決議を経ないでした重要な業務執行に該当する取引も,内部的な意思決定を欠くにすぎないから,原則として有効であり,取引の相手方が取締役会の決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限り無効になると解される(最高裁昭和36年(オ)第1378号同40年9月22日第三小法廷判決・民集19巻6号1656頁参照)。
そして,同項が重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めたのは,代表取締役への権限の集中を抑制し,取締役相互の協議による結論に沿った業務の執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。この趣旨からすれば,株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合,取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は,原則として会社のみが主張することができ,会社以外の者は,当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り,これを主張することはできないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,本件債権譲渡はAの重要な財産の処分に該当するが,Aの取締役会が本件債権譲渡の無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情はうかがわれない。そうすると,本件債権譲渡の対象とされた本件過払金返還請求権の債務者である被上告人は,上告人Y に対し,A 1の取締役会の決議を経ていないことを理由とする本件債権譲渡の無効を主張することはできないというべきである。

会社法

第五節 取締役会

     第一款 権限等

 (取締役会の権限等)

第三百六十二条 取締役会は、すべての取締役で組織する。

2 取締役会は、次に掲げる職務を行う。

 一 取締役会設置会社の業務執行の決定

 二 取締役の職務の執行の監督

 三 代表取締役の選定及び解職

3 取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。

4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。

 一 重要な財産の処分及び譲受け

 二 多額の借財

 三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任

 四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止

 五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項

 六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備

 七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除

5 大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。

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会社法362条4項は,各号に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定が取締役会の専権事項であり,取締役に委任することができない旨を規定しているが,代表取締役が,このような業務執行を,同決議を経ないでした場合の効力については,一般に,行為の内容に応じて,代表取締役による専横から守ろうとする会社の利益と,代表取締役等が有効な内部手続を経て行為するものと信頼して行為した第三者の利益とを比較衡量して検討すべきものと解されている。すなわち,会社の内部の業務執行のみが関係するような場合を除いて,対外的な業務執行については原則として有効であると扱うというものである。そして,対外的な業務執行のうち,新株発行や社債発行といった画一的にその効力を定めることを要する集団的,団体的行為の場合には,相手方の主観的態様にかかわらず有効であると解するのが一般であるが,それ以外の行為については,行為の相手方の主観的態様によっては無効となり得るとされており,最三小判昭40.9.22は,取締役会決議を経ない重要な財産の処分について,行為の相手方が取締役会決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときでない限り有効であると判断した。裁判実務上はこの判断が定着しており,本件も,取締役会決議を経ない重要な財産の処分の効力が問題となった事案であり,同判決に従って効力を考えるべきことをまず明らかにしたものである。
本件では,このように取締役会決議を経ない行為が無効となり得る場合において,その無効を主張できる者の範囲をどのように考えるべきかが問題となった。会社と取締役との利益相反取引について取締役会の承認が必要であるとした改正前の商法265条に関する最高裁判例は,同承認を欠く場合の無効について,同法が会社の利益を保護する目的であることを理由に,取締役や第三者から無効を主張することはできないとしており(最三小判昭48.12.11,最一小判昭58.4.7),これらの判例の評釈や担当調査官による解説では,無効を主張することができるのは会社のみである旨の理解が示されていた。