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「衝突,接触…その他偶然な事故」及び「被保険自動車の盗難」を保険事故として規定している一般自動車総合保険約款に基づき上記盗難に当たる保険事故が発生したとして車両保険金の支払を請求する場合における事故の偶発性についての主張立証責任

平成19年4月23日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
 1 「衝突,接触…その他偶然な事故」及び「被保険自動車の盗難」を保険事故として規定している一般自動車総合保険約款に基づき,上記盗難に当たる保険事故が発生したとして保険者に対して車両保険金の支払を請求する者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張,立証すべき責任を負うが,被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張,立証すべき責任を負わない。
2 「被保険自動車の盗難」という保険事故が発生したとして一般自動車総合保険約款に基づき車両保険金の支払を請求する者が,「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」を立証するだけでは「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証したことにはならないにもかかわらず,上記の立証をするだけで盗難の事実が推定されるとした原審の判断には,主張立証責任の分配に実質的に反する違法がある。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=34550

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/550/034550_hanrei.pdf

 

3 原審は,次のとおり判示して,被上告人の請求を認容した。
(1) 本件約款によれば,被保険自動車の盗難は保険金請求権の成立要件であり,したがって,保険金請求者において,被保険自動車に盗難事故が発生したことを主張,立証すべき責任がある。しかし,車両の盗難は,通例,所有者の不知の間に秘密裡に行われ,多くの場合,その痕跡を残さないものであるから,その立証の程度については,当該事故前後の状況や所有者,使用者の行動,とりわけ車両の管理使用状況等に照らし,外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況が立証されれば,盗難事故であることが事実上推定されるというべきであり,これに対し,その推定を覆すには,保険者の側で,その事故が保険金請求者の意思に基づき発生したと疑うべき事情を立証しなければならない。
(2) 本件において,本件事故前後の状況や被上告人の行動,とりわけ本件車両の駐車状況に照らし,外形的・客観的にみて第三者による本件車両の持ち去りとみて矛盾のない状況が立証されているということができる一方,本件事故が被上告人の意思に基づき発生したと疑うべき事情は立証されていないから,本件事故は,盗難に該当する。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 商法629条が損害保険契約の保険事故として規定する「偶然ナル一定ノ事故」とは,保険契約成立時において発生するかどうかが不確定な事故をいうものと解される。また,同法641条が,保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって生じた損害について保険者はてん補責任を負わない旨規定しているのは,保険契約者又は被保険者が故意又は重過失によって保険事故を発生させたことを保険金請求権の発生を妨げる免責事由として規定したものと解される。
本件条項は,「衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆発,台風,こう水,高潮その他偶然な事故」及び「被保険自動車の盗難」を保険事故として規定しているが,これは,保険契約成立時に発生するかどうかが不確定な事故を「被保険自動車の盗難」も含めてすべて保険事故とすることを明らかにしたもので,商法629条にいう「偶然ナル一定ノ事故」を本件保険契約に即して規定したものというべきである。本件条項にいう保険事故を,商法の上記規定にいう「偶然ナル」事故とは異なり,保険事故の発生時において被保険者の意思に基づかない事故であること(保険事故の偶発性)をいうものと解することはできない(最高裁平成17年(受)第1206号同18年6月1日第一小法廷判決・民集60巻5号1887頁,最高裁平成17年(受)第2058号同18年6月6日第三小法廷判決・裁判集民事220号391頁参照)。

もっとも,本件条項では「被保険自動車の盗難」が他の保険事故と区別して記載されているが,これは,本件約款が保険事故として「被保険自動車の盗難」を含むものであることを保険契約者や被保険者に対して明確にするためのものと解すべきであり,少なくとも保険事故の発生や免責事由について他の保険事故の場合と異なる主張立証責任を定めたものと解することはできない。

ところで,一般に盗難とは,占有者の意に反する第三者による財物の占有の移転をいうものと解することができるが,商法の上記各規定が適用されると解される本件保険契約においては,被保険自動車の盗難という保険事故が保険契約者又は被保険者の意思に基づいて発生したことは,保険者が免責事由として主張,立証すべき事項であるから,被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして本件条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は,被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づかないものであることを主張,立証すべき責任を負うものではない。しかしながら,上記主張立証責任の分配によっても,上記保険金請求者は,「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実を主張,立証する責任を免れるものではない。そして,その外形的な事実は,「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」という事実から構成されるものというべきである。

(2) 原審は,本件保険契約に基づいて車両損害保険金を請求する者は保険事故の偶発性を含めて盗難が発生した事実を主張,立証すべき責任を負うとする一方,「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」が立証されれば,盗難の事実が事実上推定されるとした上,本件では,上記「矛盾のない状況」が立証されているので,盗難の事実が推定されるとしている。しかしながら,上記保険金請求者は,盗難という保険事故の発生としてその外形的な事実を立証しなければならないところ,単に上記「矛盾のない状況」を立証するだけでは,盗難の外形的な事実を合理的な疑いを超える程度にまで立証したことにならないことは明らかである。したがって,上記「矛盾のない状況」が立証されているので盗難の事実が推定されるとした原審の判断は,上記(1)の主張立証責任の分配に実質的に反するものというべきである。
5 そうすると,原審の前記判断には法令の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。

そして,盗難の外形的な事実,すなわち「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」が証明されたものといえるのかなどについて更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。