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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

会社の取締役が私用のため会社所有の自動車を使用し同乗の従業員に一時運転させている間に右従業員の惹起した事故により受傷した場合に会社に対し自動車損害賠償保障法三条にいう他人であることを主張して損害賠償を請求することができないとされた事例

昭和50年11月4日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
会社の取締役が従業員の運転する会社所有の自動車に乗車中従業員の惹起した事故により受傷した場合において、右取締役が業務時間外にトルコ風呂に行くためみずからその自動車を運転して数時間にわたつて走行させたのち同乗の従業員に一時運転させて運行を継続中に事故が発生したものであるなど判示の事実関係があるときは、右取締役は、会社に対し自動車損害賠償保障法三条にいう他人であることを主張して損害賠償を求めることは、許されない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54208

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/208/054208_hanrei.pdf

原審が適法に確定するところは、

(一) 被上告会社は、建物の管理・清掃等を営む会社で、その所有の本件自動車を会社と作業現場との間における作業員の往復や作業用具の運搬に使用し、平常はこれを会社の事務所に設けられている車庫に格納していた、

(二) 被上告会社は同族会社で、本件事故の被害者であるD(「D」)は代表取締役の二男であり、取締役に就任しているが、常勤の作業員と同様に現場作業に従事して月給を支給されており、通勤には自己所有の単車を使用している、

(三) Dは、本件事故発生の前日の午後一一時ころ、被上告会社の従業員E(以下「E」という。)とともに本件自動車を使用して作業現場から会社に戻り、近くの飲食店で食事をしたのち、Eから知人の働いているトルコ風呂に行つてみようと誘われ、みずから本件自動車を運転し、Eを同乗させて、東京都港区aの会社を出発してb方面に向かつたが、目的のトルコ風呂が見つからなかつたので行先を変更し、Dの知人がマネジヤーをしているc方面のトルコ風呂に赴いたが、マネジヤーが不在であつたため再度行先を変更して、Dの自宅に帰る途中でd方面のトルコ風呂に立寄るべく引続き運転中、目黒区内で道路工事の標識に衝突し付近に停車中の自動車との接触事故を起こしたことから、Eに運転を交代してもらつて本件自動車を走行させているうち、翌午前二時三〇分ころ渋谷区e付近において、Eの前方不注視等の過失により本件自動車をガードレールに衝突させる本件事故が発生し、Dが加療二年以上を要する重傷を負つた、

(四) DとEとが本件自動車を私用に供するについては、被上告会社の明示の許諾は得ていないけれども、被上告会社においては従業員が本件自動車を私用に供することを固く禁じて管理を厳重にしていたとも認められない、というのであり、原審は、以上の事実関係から、被上告会社は本件事故発生当時なお本件自動車の運行を支配する関係にあつたもので、本件事故によりDが被つた損害につき自動車損害賠償保障法(「自賠法」)三条による自動車保有者の損害賠償責任を負うべきである旨判示し、本件事故当時被害者であるDみずからが本件自動車を自己のために運行の用に供していたのであるから被上告会社はDに対し損害賠償責任を負わない旨の上告人の抗弁を排斥しているのである。

しかしながら、自賠法三条により自動車保有者が損害賠償責任を負うのは、その自動車の運行によつて「他人」の生命又は身体を害したときであり、ここに「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和三七年一二月一四日第二小法廷判決、昭和四二年九月二九日第二小法廷判決、昭和四七年五月三〇日第三小法廷判決)。したがつて、被上告会社がDに対し自賠法三条による賠償責任を負うかどうかを判断するためには、Dが右の意味における「他人」にあたるかどうかを検討することが必要である。

そうして、原審確定の上記の事実関係に徴すると、Dは被上告会社の業務終了後の深夜に本件自動車を業務とは無関係の私用のためみずからが運転者となりこれにEを同乗させて数時間にわたつて運転したのであり、本件事故当時の運転者はEであるが、この点も、Dが被上告会社の従業員であるEに運転を命じたという関係ではなく、Dみずからが運転中に接触事故を起こしたために、たまたま運転を交代したというにすぎない、というのであつて、この事実よりすれば、Dは、本件事故当時、本件自動車の運行をみずから支配し、これを私用に供しつつ利益をも享受していたものといわざるをえない。もつとも、原審認定の被上告会社による本件自動車の管理の態様や、Dの被上告会社における地位・身分等をしんしやくすると、Dによる本件自動車の運行は、必ずしも、その所有者たる被上告会社による運行支配を全面的に排除してされたと解し難いことは、原判決の説示するとおりであるが、そうであるからといつて、Dの運行供用者たる地位が否定される理由はなく、かえつて、被上告会社による運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、Dによるそれは、はるかに直接的、顕在的、具体的であるとさえ解されるのである。

それゆえ、本件事故の被害者であるDは、他面、本件事故当時において本件自動車を自己のために運行の用に供していた者であり、被害者が加害自動車の運行供用者又は運転者以外の者であるが故に「他人」にあたるとされた当裁判所の前記判例の場合とは事案を異にするうえ、原判示のとおり被上告会社もまたその運行供用者であるというべきものとしても、その具体的運行に対する支配の程度態様において被害者たるDのそれが直接的、顕在的、具体的である本件においては、Dは被上告会社に対し自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されないというべきである。

ところが、原審は、上記の事実関係を確定しながら、Dが自賠法三条の「他人」にあたるか否かについての検討を経ることなく、直ちに被上告会社はDに対して同条による損害賠償責任を負うべきものとしているが、この判断は同条の解釈適用を誤つており、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、原審の確定した事実関係に右法令を適用すれば、被上告会社はDに対し自賠法三条による損害賠償責任を負うものでないことが明らかで、これと同趣旨の上告人の抗弁は理由があり、したがつて、被上告会社よりその主張の本件保険契約に基づき上告人に対し保険金の支払を求める本訴請求は、失当として棄却すべきものである。