被疑者の依頼により弁護人となろうとする者から被疑者の逮捕直後に初回の接見の申出を受けた捜査機関が接見の日時を翌日に指定した措置が国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるとされた事例
平成12年6月13日最高裁判所第三小法廷判決
裁判要旨
一 弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者から被疑者の逮捕直後に初回の接見の申出を受けた捜査機関は、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能なときは、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取、写真撮影等所要の手続を終えた後、たとい比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認める措置を採るべきである。
二 接見の日時等の指定をする権限を有する司法警察職員が、逮捕された被疑者の依頼により弁護人となろうとする者として逮捕直後に警察署に赴いた弁護士から初回の接見の申出を受けたのに対し、接見申出があってから約一時間一〇分が経過した時点に至って、警察署前に待機していた弁護士に対して接見の日時を翌日に指定した措置は、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能であるにもかかわらず、犯罪事実の要旨の告知等引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く写真撮影等所要の手続が終了した後も弁護士と協議することなく取調べを継続し、その後被疑者の夕食のために取調べが中断されたのに、夕食前の取調べの終了を早めたり、夕食後の取調べの開始を遅らせたりして接見させることをしなかったなど判示の事情の下においては、国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たる。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52561
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/561/052561_hanrei.pdf
1 検察官、検察事務官又は司法警察職員(「捜査機関」)は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(「弁護人等」)から被疑者との接見又は書類若しくは物の授受(「接見等」)の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、刑訴法三九条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである(前掲平成一一年三月二四日大法廷判決参照)。右のように、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは捜査に顕著な支障が生じるときは、捜査機関は、弁護人等と協議の上、接見指定をすることができるのであるが、その場合でも、その指定は、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならないのであって(刑訴法三九条三項ただし書)、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。
とりわけ、弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから、これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。したがって、
【要旨1】右のような接見の申出を受けた捜査機関としては、前記の接見指定の要件が具備された場合でも、その指定に当たっては、弁護人となろうとする者と協議して、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し、これが可能なときは、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、犯罪事実の要旨の告知等被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取、写真撮影等所要の手続を終えた後において、たとい比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり、このような場合に、被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし、被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものといわなければならない。
2 これを本件についてみると、原審の確定した前記事実関係によれば、本件申出は、午後四時三五分ころから午後五時四五分ころまで継続していたものというべきところ、上告人A1について、午後五時二八分ころの夕食開始まで取調べがされ、夕食後も取調べが予定されていたというのであるから、本件申出時において、現に取調べ中か又は間近い時に取調べが確実に予定されていたものと評価することができ、したがって、上告人A2と上告人A1との自由な接見を認めると、右の取調べに影響し、捜査の中断等による支障が顕著な場合に当たるといえないわけではなく、D課長が接見指定をしようとしたこと自体は、直ちに違法と断定することはできない。
しかしながら、前記事実関係によれば、本件申出は、上告人A1の逮捕直後に同上告人の依頼により弁護人となろうとする上告人A2からされた初めての接見の申出であり、それが弁護人の選任を目的とするものであったことは明らかであって、上告人A1が即時又は近接した時点において短時間でも上告人A2と接見する必要性が大きかったというべきである。しかも、上告人A1は、救援連絡センターの弁護士を選任する意思を明らかにし、同センターの弁護士である上告人A2が現に築地署に赴いて接見の申出をしていたのであるから、比較的短時間取調べを中断し、又は夕食前の取調べの終了を少し早め、若しくは夕食後の取調べの開始を少し遅らせることによって、右目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができたものと考えられる。
他方、上告人A1の取調べを担当していたE巡査部長は、同上告人の夕食終了前、逮捕現場での実況見分の応援の依頼を受けて、夕食後の取調べについて他の捜査員の応援を求める等必要な手当てを何らしないまま、にわかに右実況見分の応援に赴き、そのため、夕食終了後も同上告人の取調べは行われず、同巡査部長が築地署に戻った後も、同上告人の取調べは全く行われないまま中止されたというのであって、このような同上告人に対する取調べの経過に照らすと、取調べを短時間中断し、夕食前の取調べの終了を少し早め、又は夕食後の取調べの開始を少し遅らせて、接見時間をやり繰りすることにより、捜査への支障が顕著なものになったとはいえないというべきである。原判決は、上告人A1の態度いかんによっては夕食後同上告人に実況見分への立会いを求める可能性があり、場合によっては同上告人の取調べが留置人の就寝時間に食い込む可能性があったことなどを指摘するが、そのような可能性があったというだけでは、現に築地署に赴いて接見を申し出ている上告人A2と上告人A1との当日の接見を全面的に拒否しなければならないような顕著な捜査上の支障があったとはいえない。
そして、前記事実関係によれば、午後四時四五分ころには上告人A1の写真撮影等の手続が終了して取調べが開始され、D課長は、午後五時ころまでには、上告人A1が救援連絡センターの弁護士を弁護人に選任する意向であることを知っており、同センターからの連絡によって上告人A2が同センターの弁護士であることを容易に確認し得たものということができる。また、D課長は、そのころには、F課長との協議により、上告人A1の取調べを一時中断して夕食を取らせることを予定していたものである。
【要旨2】そうすると、D課長は、上告人A2が午後四時三五分ころから午後五時四五分ころまでの間継続して接見の申出をしていたのであるから、午後五時ころ以降、同上告人と協議して希望する接見の時間を聴取するなどし、必要に応じて時間を指定した上、即時に上告人A2を上告人A1に接見させるか、又は、取調べが事実上中断する夕食時間の開始と終了の時刻を見計らい(午後五時四五分ころまでには、上告人A1の夕食時間が始まって相当時間が経過していたのであるから、その終了時刻を予測することは可能であったと考えられる。)、夕食前若しくは遅くとも夕食後に接見させるべき義務があったというのが相当である。
ところが、D課長は、上告人A2と協議する姿勢を示すことなく、午後五時ころ以降も接見指定をしないまま同上告人を待機させた上、午後五時四五分ころに至って一方的に接見の日時を翌日に指定したものであり、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、右の措置は、上告人A1が防御の準備をする権利を不当に制限したものであって、刑訴法三九条三項に違反するものというべきである。そして、右の措置は、上告人A1の速やかに弁護人による援助を受ける権利を侵害し、同時に、上告人A2の弁護人としての円滑な職務の遂行を妨害したものとして、刑訴法上違法であるのみならず、国家賠償法一条一項にいう違法な行為にも当たるといわざるを得ず、これが捜査機関として遵守すべき注意義務に違反するものとして、同課長に過失があることは明らかである。
四 以上によれば、右と異なる見解の下に上告人らの本訴請求を全部棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この趣旨をいう論旨は理由がある。
そして、前記事実関係に照らせば、被上告人に対して国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を求める上告人らの請求は、第一審判決が認容した限度で理由があるというべきであるから、原判決中、被上告人の控訴に基づいて第一審判決を取り消し上告人らの請求を棄却した部分を破棄した上、被上告人の控訴を棄却することとし、その余の上告を棄却することとする。