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他の者が先行して被害者に暴行を加え,これと同一の機会に,後行者が途中から共謀加担したが,被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合において,後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有しないときに,刑法207条を適用することの可否

令和2年9月30日最高裁判所第二小法廷決定

裁判要旨    
1 他の者が先行して被害者に暴行を加え,これと同一の機会に,後行者が途中から共謀加担したが,被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合,その傷害を生じさせた者を知ることができないときは,刑法207条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れない。
2 他の者が先行して被害者に暴行を加え,これと同一の機会に,後行者が途中から共謀加担したが,被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたとは認められない場合に,刑法207条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは,後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られる。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89741

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/741/089741_hanrei.pdf

所論に鑑み,同時傷害の特例を定めた刑法207条の適用について,職権で判断する。

1 原判決の認定及び記録によれば,第1審判決判示第1の傷害に関する事実関係は,次のとおりである。

(1) A及びB(「Aら」)は,被害者に対し暴行を加えることを共謀した上,平成29年12月12日午後9時23分頃,被害者のいるマンションの部屋に突入し,被害者に対し,カッターナイフで右側頭部及び左頬部を切り付け,多数回にわたり,顔面,腹部等を拳で殴り,足で蹴るなどの暴行を加えた。

(2) 被告人は,Aら突入の約5分後,自らも同部屋に踏み込んだ。被告人は,被害者がAらから激しい暴行を受けて血まみれになっている状況を目にして,Aらに加勢しようと考え,台所にあった包丁を取り出し,その刃先を被害者の顔面に向けた。この時点で,被告人は被害者に暴行を加えることについてAらと暗黙のうちに共謀を遂げた。
その後,同月13日午前0時47分頃までの間に,同部屋において,被告人及びAは,脱出を試みて玄関に向かった被害者を2人がかりで取り押さえて引きずり,リビングルームに連れ戻し,こもごも,背部,腹部等を複数回蹴ったり踏み付けたりするなどの暴行を加えた。また,Aらは,被害者に対し,顔面を拳で殴り,たばこの火を複数回耳に突っ込み,革靴の底やガラス製灰皿等で頭部を殴り付け,はさみで右手小指を切り付けるなどの暴行を加え,Aが,千枚通しで被害者の左大腿部を複数回刺した。

(3) 被告人が共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行の結果,被害者は,全治まで約1か月間を要する右第六肋骨骨折,全治まで約2週間を要する右側頭部切創,左頬部切創,左大腿部刺創,右小指切創,上口唇切創の傷害を負った。これらの傷害のうち,右側頭部切創及び左頬部切創については,被告人の共謀加担前のAらの暴行により,左大腿部刺創及び右小指切創については,共謀成立後の暴行により生じたものであるが,右第六肋骨骨折及び上口唇切創については,いずれの段階の暴行により生じたのか不明である。なお,被告人が加えた暴行は,右第六肋骨骨折の傷害を生じさせ得る危険性があったと認められるが,上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性があったとは認められない。

2 原判決は,以上の事実関係を前提に,「先行者の暴行に途中から後行者が共謀の上加担したが,被害者の負った傷害が加担前の暴行によるものか加担後の共同暴行によるものか不明な場合においては,加担前の先行者による暴行と加担後の共同暴行を観念することができるから,この各暴行の間に同時傷害の特例を適用することは妨げられないというべきである」と説示し,被告人の共謀加担前のAらによる暴行と被告人の共謀加担後の共同暴行は,いずれも右第六肋骨骨折及び上口唇切創を生じさせ得る具体的危険性を有し,同一の機会に行われたものであるから,被告人は,左大腿部刺創及び右小指切創について傷害罪の共同正犯としての責任を負うだけでなく,刑法207条の適用により,右第六肋骨骨折及び上口唇切創についても傷害罪の責任を負うとの判断を示した。

3 所論は,先行者の暴行に途中から後行者が共謀の上加担したが,被害者の負った傷害が共謀加担前の先行者の暴行によるものか共謀加担後の共同暴行によるものか不明な場合には,先行者が当該傷害についての責任を負うから,後行者について刑法207条を適用することはできないという。
同時傷害の特例を定めた刑法207条は,二人以上が暴行を加えた事案においては,生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み,共犯関係が立証されない場合であっても,例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として,検察官が,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものであることを証明した場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れない(最高裁平成28年3月24日第三小法廷決定)。
刑法207条適用の前提となる上記の事実関係が証明された場合,更に途中から行為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって,同条が適用できなくなるとする理由はなく,むしろ同条を適用しないとすれば,不合理であって,共謀関係が認められないときとの均衡も失するというべきである。したがって,他の者が先行して被害者に暴行を加え,これと同一の機会に,後行者が途中から共謀加担したが,被害者の負った傷害が共謀成立後の暴行により生じたものとまでは認められない場合であっても,その傷害を生じさせた者を知ることができないときは,同条の適用により後行者は当該傷害についての責任を免れないと解するのが相当である。先行者に対し当該傷害についての責任を問い得ることは,同条の適用を妨げる事情とはならないというべきである。
また,刑法207条は,二人以上で暴行を加えて人を傷害した事案において,その傷害を生じさせ得る危険性を有する暴行を加えた者に対して適用される規定であること等に鑑みれば,上記の場合に同条の適用により後行者に対して当該傷害についての責任を問い得るのは,後行者の加えた暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであるときに限られると解するのが相当である。後行者の加えた暴行に上記危険性がないときには,その危険性のある暴行を加えた先行者との共謀が認められるからといって,同条を適用することはできないというべきである。
これを本件訴訟手続の流れに即していえば,本件は,検察官が先行者と後行者である被告人との間に当初から共謀が存在した旨主張し,被告人がその共謀の存在を否定したが,証拠上,途中からの共謀が認められるという事案であるところ,このような被告人について刑法207条を適用するに当たっては,先行者との関係で,その傷害を生じさせた者を知ることができないか否かが問題となり,検察官において,先行者及び被告人の各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること並びに各暴行が同一の機会に行われたものであることを証明した場合,被告人は,自己の加えた暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,先行者の加えた暴行と被告人の加えた暴行のいずれにより傷害が生じたのかを知ることができないという意味で,「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」に当たり,当該傷害についての責任を免れないのである。
本件において,被告人が共謀加担した前後にわたる一連の前記暴行は,同一の機会に行われたものであるところ,被告人は,右第六肋骨骨折の傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えており,刑法207条の適用により同傷害についての責任を免れない。これに対し,被告人は,上口唇切創の傷害を生じさせ得る危険性のある暴行を加えていないから,同条適用の前提を欠いている。そうすると,原判決には,被告人が同傷害についても責任を負うと判断した点で,同条の解釈適用を誤った法令違反があるといわざるを得ないが,この違法は判決に影響を及ぼすものとはいえない。 

 

刑法

(同時傷害の特例)
第二百七条 二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。