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 性別の取扱いの変更申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件

令和3年11月30日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項3号は,憲法13条,14条1項に違反しない。
(反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90733

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/733/090733_hanrei.pdf

性同一性障害者につき性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件として「現に未成年の子がいないこと」を求める性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項3号の規定が憲法13条,14条1項に違反するものでないことは,当裁判所の判例最高裁昭和30年7月20日大法廷判決,最高裁昭和39年5月27日大法廷判決)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成19年10月19日第三小法廷決定,最高裁平成19年10月22日第一小法廷決定)。論旨は理由がない。
よって,裁判官宇賀克也の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文
のとおり決定する。


裁判官宇賀克也の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)3条1項3号の「現に未成年の子がいないこと」という要件(「3号要件」)は,憲法13条に違反するものであるから,原決定を破棄すべきであると考える。その理由は,以下のとおりである。
もし,生まれつき,精神的・身体的に女性である者に対して,国家が本人の意思に反して「男性」としての法律上の地位を強制し,様々な場面で性別を記載する際に,戸籍の記載に従って,「男性」と申告しなければならないとしたならば,それは,人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利を侵害するものであり,憲法13条に違反することには,大方の賛成が得られるものと思われる。憲法制定当時は,医療技術が未発達であったため,精神的・身体的に女性である者は生来的な女性に限られていたが,現在においては,医療技術の発展により,生来的な女性に限らず,医療的措置によって,精神的・身体的に女性となった者が現実に生ずるようになった。本件抗告人も,既に性別適合手術を終え,現在,身体的に女性となり,女性の名前に改名しており,精神的・身体的に女性である者であり,社会的にも女性として行動している。しかしながら,その実態に反して,3号要件のゆえに,戸籍上の性別を女性に変更することができず,法律上は「男性」とされている。自己同一性が保持されていることの保障の必要性は,生来的な女性であれ,医療的措置により身体的に女性となった者であれ,基本的に変わるところはないと考えられる。精神的には女性であるにもかかわらず身体的には男性であった者が,医療的措置によって身体的に女性となった場合にも,戸籍上の性別との不一致を解消することを制限する3号要件の合憲性については,以下のように考える。
特例法3条1項3号は,平成20年法律第70号による改正前は,「現に子がいないこと」という要件であった。「現に子がいないこと」という要件が設けられた理由は,現に子がいる場合にも性別の取扱いの変更を認めることは,「女である父」や「男である母」の存在を認めることになり,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずる事態は,家族秩序に混乱を生じさせ,また,子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねないことなど,子の福祉の観点から問題であるという指摘を受けたものであった。
しかし,平成20年法律第70号による改正により,特例法3条1項3号は,「現に未成年の子がいないこと」という要件に緩和されている。したがって,子が成年に達していれば,「女である父」や「男である母」の存在は認められており,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずる事態は容認されていることになる。そうすると,上記改正後は,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずることによって家族秩序に混乱を生じさせることを防ぐという説明は,3号要件の合理性の根拠としては,全く成り立たなくなったとまではいわないにしても,脆弱な根拠となったといえるように思われる。そうなると,「女である父」や「男である母」の存在を認めることが,未成年の子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねず,子の福祉の観点から問題であるという説明が合理的なものかが,主たる検討課題になる。
この点について,以下のような疑問を拭えない。性別の取扱いの変更の審判を申し立てる時点では,未成年の子の親である性同一性障害者は,ホルモン治療や性別適合手術により,既に男性から女性に,又は女性から男性に外観(服装,言動等も含めて)が変化しているのが通常であると考えられるところ,未成年の子に心理的な混乱や不安などをもたらすことが懸念されるのは,この外観の変更の段階であって,戸籍上の性別の変更は,既に外観上変更されている性別と戸籍上の性別を合致させるものにとどまるのではないかと考えられる。親が子にほとんど会っておらず,子が親の外観の変更を知らない場合や,子が親の外観の変更に伴う心理的な混乱を解消できていない場合もあり得るであろうが,前者の場合に子に生じ得る心理的混乱,後者の場合に子に生じている心理的混乱は,いずれも外観の変更に起因するものであって,外観と戸籍上の性別を一致させることに起因するものではないのではないかと思われる。
また,成年に達した子であれば,親の性別変更をそれほどの混乱なく受け入れることができるが,未成年の子については,混乱が生ずる可能性が高いという前提についても,むしろ若い感性を持つ未成年のほうが偏見なく素直にその存在を受け止めるケースがあるという専門家による指摘もある。さらに,未成年の子が,自分の存在ゆえに,親が性別変更ができず,苦悩を抱えていることを知れば,子も苦痛や罪悪感を覚えるであろうし,親も,未成年の子の存在ゆえに,性別変更ができないことにより,子への複雑な感情を抱き,親子関係に影響を及ぼす可能性も指摘されている。加えて,そもそも戸籍公開の原則は否定されており,私人が戸籍簿を閲覧することは禁止され,一定の親族以外の者の戸籍の謄抄本を私人が請求することも,原則として認められない(住民票の写しについても,同一の世帯に属する者以外の者の交付請求は原則として認められない。)。したがって,戸籍における性別の変更があったという事実は,同級生やその家族に知られるわけではないから,学校等における差別を惹起するという主張にも説得力がないように思われる(また,仮に親の性別変更により,学校等で差別が生ずるとすれば,それは差別する側の無理解や偏見を是正する努力をすべきなのではないかと思われる。)。
このように,3号要件を設ける際に根拠とされた,子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしたりしかねないという説明は,漠然とした観念的な懸念にとどまるのではないかという疑問が拭えない。実際,3号要件のような制限を設けている立法例は現時点で我が国以外には見当たらない(なお,ウクライナは,18歳未満の子がいることを法令上の性別変更を禁止する理由としていたが,2016年12月30日にこの要件を廃止しているようである。)。他方で,親の外観上の性別と戸籍上の性別の不一致により,親が就職できないなど不安定な生活を強いられることがあり,その場合には,3号要件により戸籍上の性別の変更を制限することが,かえって未成年の子の福祉を害するのではないかと思われる。
平成20年法律第70号による改正後は,男女という性別と父母という属性の不一致が生ずることによって家族秩序に混乱を生じさせることを防ぐという説明の説得力が大幅に失われたことは前述したが,この点について,さらに検討すると,性同一性障害者の戸籍上の性別の変更を認めても,子の戸籍の父母欄に変更はなく,子にとって父が父,母が母であることは変わらず,法律上の親子関係は変化しないから,親権,監護権,相続権などにも影響を与えない。そして,社会的にごく少数と思われる性同一性障害者の戸籍における性別の変更は,我が国の大多数の家族関係に影響を与えるものでもない。したがって,3号要件が,我が国の家族秩序に混乱を生じさせることを防止するために必要という理由付けについても,十分な説得力を感ずることができない。
以上検討したように,3号要件は,憲法13条で保障された前記自己同一性を保持する権利を制約する根拠として十分な合理性を有するとはいい難いように思われる。未成年の子の福祉への配慮という立法目的は正当であると考えるが,未成年の子がいる場合には法律上の性別変更を禁止するという手段は,立法目的を達成するための手段として合理性を欠いているように思われる。
したがって,特例法3条1項3号の規定は,人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利を侵害するものとして,憲法13条に違反すると考える。