最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 債務者の代理人である弁護士が債権者一般に対して債務整理開始通知を送付した行為が破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるとされた事例

平成24年10月19日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
債務者の代理人である弁護士が債権者一般に対して債務整理開始通知を送付した行為は,

1上記通知に,上記債務者が自らの債務整理を弁護士に委任した旨並びに当該弁護士が債権者一般に宛てて上記債務者,その家族及び保証人への連絡及び取立て行為の中止を求める旨の各記載がされていたこと,

2上記債務者が単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないことなど判示の事情の下においては,上記通知に上記債務者が自己破産を予定している旨が明示されていなくても,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たる。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=82647

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/647/082647_hanrei.pdf

 1 本件は,破産者が破産手続開始の申立て前にした債務の弁済につき,破産管財人である上告人が,破産法162条1項1号の規定により否認権を行使して,当該弁済を受けた債権者である被上告人に対し,弁済金相当額等の支払を求める事案である。争点は,破産者の代理人である弁護士が被上告人を含む債権者一般に対して債務整理開始通知を送付した行為が,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるか否かである。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 東京都の職員であるAは,平成21年1月18日,弁護士法人B法律事務所に対し,債務整理を委任し,同法律事務所の弁護士ら(「本件弁護士ら」)は,その頃,Aの代理人として,Aに対して金銭を貸し付けていた被上告人を含む債権者一般に対し,債務整理開始通知(「本件通知」)を送付した。
 本件通知には,債権者一般に宛てて,「当職らは,この度,後記債務者から依頼を受け,同人の債務整理の任に当たることになりました。」,「今後,債務者や家族,保証人への連絡や取立行為は中止願います。」などと記載され,Aが債務者として表示されていた。もっとも,本件通知には,Aの債務に関する具体的な内容や債務整理の方針は記載されておらず,本件弁護士らがAの自己破産の申立てにつき受任した旨も記載されていなかった。

 (2) Aは,平成21年2月15日から同年7月15日までの間,被上告人に対し,合計17万円の債務を弁済した。

 (3) Aは,平成21年8月5日,破産手続開始の決定を受けた。

 3 原審は,本件通知を送付した行為は破産法162条1項1号イ又は3項にいう「支払の停止」には当たらないと判断して,上告人の請求を棄却した。

 4 しかしながら,原審の上記3の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」とは,債務者が,支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて,その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解される(最高裁昭和60年2月14日第一小法廷判決)。
 これを本件についてみると,本件通知には,債務者であるAが,自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を,法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており,また,Aの代理人である当該弁護士らが,債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなどAの債務につき統一的かつ公平な弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして,Aが単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると,上記各記載のある本件通知には,Aが自己破産を予定している旨が明示されていなくても,Aが支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが,少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である。
 そうすると,Aの代理人である本件弁護士らが債権者一般に対して本件通知を送付した行為は,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるというべきである。

 5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記事実関係及び上記4に説示したところによれば,上告人の請求には理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官須藤正彦の補足意見がある。

破産法

(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)

第162条
次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
ロ 当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあったこと。
破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内にされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。
前項第1号の規定の適用については、次に掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。
債権者が前条第2項各号に掲げる者のいずれかである場合
前項第1号に掲げる行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合
第1項各号の規定の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前一年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定する。