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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

村が特定の工場の誘致を決定したのち新たに就任した村長において工場建設に対する協力を拒否する方針をとりこれによつて工場を設置しようとした者に損害を与えることが違法な加害行為にあたるものとされた事例

 昭和56年1月27日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
一 地方公共団体が定めた一定内容の継続的な施策が、特定の者に対して右施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その特定内容の活動が相当長期にわたる右施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合において、右勧告等に動機づけられて右活動又はその準備活動に入つた者が右施策の変更により社会観念上看過することができない程度の積極的損害を被ることとなるときは、これにつき補償等の措置を講ずることなく右施策を変更した地方公共団体は、それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、右の者に対する不法行為責任を免れない。

二 村長が特定の者に対しその者が村内で行う工場の建設・操業に全面的に協力することを言明し、村有地を工場敷地の一部として提供する旨の村議会の議決を経由したうえ積極的に工場建設を促し、右特定の者は右協力が継続するものと信じて工場敷地の確保・整備、機械設備の発注等を行い、村の側もこれを予想していたなど、判示の事実関係のもとにおいて、右工場建設に反対する村民の支持を得て当選した新村長が、右特定の者に生ずべき多額の積極的損害について補償等の措置を講ずることなく、右工場建設の途中でこれに対する協力を拒否した場合には、右協力拒否は、やむをえない客観的事情が存するのでない限り、右特定の者に対する違法な加害行為たることを免れない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=56325

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/325/056325_hanrei.pdf

 

 一 原審の確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。

 (一) 上告人は、被上告人B村内に製紙工場(「本件工場」)の建設を計画し、昭和四五年一一月に当時被上告人の村長であつたDに対し右工場の誘致及び被上告人所有地を工場敷地として上告人に譲渡することを陳情した。これに対し、同村長は、本件工場を誘致し右工場敷地の一部として村有地を上告人に譲渡する旨の被上告人村議会の議決を経由したうえ、昭和四六年三月上告人に対し右工場建設に全面的に協力することを言明した。

 (二) そこで、上告人は、D村長及び村議会議員らの協力のもとに被上告人村内に工場敷地を選定したうえ、当時河川を管理していた米国民政府に対し工場操業に必要な水利権設定の申請を行うため、右申請に対する被上告人村長の同意書を得た。

 (三) 上告人は、昭和四六年八月ごろ本件工場敷地の一部として予定された村有地の耕作者らに土地明渡に対する補償料を支払い、更に昭和四七年三月ごろより本件工場に備え付ける機械設備の発注の準備を進めていたが、D村長は、これを了承していたばかりでなく、引き続き工場建設に協力する意向を示し、その速やかな推進を希望し、同年一〇月には、かねての上告人との約定に基づき、沖縄振興開発金融公庫に対し、上告人が機械設備発注のために必要としている融資を促進されたい 旨の依頼文書を送付した。
 同じころ、上告人は右機械設備を発注し、更に前記工場敷地の整地工事に着手して同年一二月初めにはこれを完了した。

 (四) ところが、同月行われた村長選挙において当選し、昭和四八年一月初めにDに代わつて被上告人村長に就任したFは、本件工場設置に反対する工場予定地周辺の住民の支持を得て当選したものであるところから、本件工場建設に反対する意向を固め、上告人が沖縄県建築基準法施行細則二条一項の規定に基づき同村長のもとに提出した本件工場の建築確認申請書を同条二項の規定に反しその名宛人たる沖縄県の建築主事に送付することなく、上告人に対し、工場予定地周辺の住民が工場建設に反対していること、村議会の本件工場誘致の議決後に社会情勢が急変したこと、本件工場の建設は将来付近地域の開発に支障をもたらすおそれがあること、本件工場予定地の上流に農業用ダムの建設計画があることを理由として、同年三月二九日付で右建築確認申請に不同意である旨の通知をした。

 (五) 上告人は、このようにして本件工場建設に対する被上告人の協力が得られなくなつた結果、右工場の建設ないし操業は不可能となつたので、やむなくこれを断念した。
 所論の本訴請求は、以上のような事実関係に基づき、被上告人の所為は上告人との間に形成された信頼関係を不当に破るものであるとして、上告人が被上告人に対し、前記機械設備の発注により支払義務を負担することとなつた代金相当額等その被つた積極的損害(元本額五五七四万五六一四円)の賠償を求めるものであるところ、原判決は、本件工場建設に対する被上告人の積極的な協力は住民の福祉増進を目的とし、住民意思に副うことを前提とするものであるから、D前村長らによる企業誘致の方針が村民によつて批判され、批判勢力の支持するF村長が選出された以上、上告人は被上告人の協力を期待すべきではなく、被上告人の協力拒否を違法と いうことはできないとして、右請求を排斥した第一審判決を維持した。

 二 そこで、原審の右判断の当否について検討するのに、地方公共団体の施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則は地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則であり、また、地方公共団体のような行政主体が一定内容の将来にわたつて継続すべき施策を決定した場合でも、右施策が社会情勢の変動等に伴つて変更されることがあることはもとより当然であつて、地方公共団体は原則として右決定に拘束されるものではない。

しかし、右決定が、単に一定内容の継続的な施策を定めるにとどまらず、特定の者に対して右施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的、具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり、かつ、その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じうる性質のものである場合には、右特定の者は、右施策が右活動の基盤として維持されるものと信頼し、これを前提として右の活動ないしその準備活動に入るのが通常である。このような状況のもとでは、たとえ右勧告ないし勧誘に基づいてその者と当該地方公共団体との間に右施策の維持を内容とする契約が締結されたものとは認められない場合であつても、右のように密接な交渉を持つに至つた当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし、その施策の変更にあたつてはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならないものというべきである。すなわち、右施策が変更されることにより、前記の勧告等に動機づけられて前記のような活動に入つた者がその信頼に反して所期の活動を妨げられ、社会観念上看過することのできない程度の積極的損害を被る場合に、地方公共団体において右損害を補償するなどの代償的措置を講ずることなく施策を変更することは、それがやむをえない客観的事情によるのでない限り、当事者間に形成された信頼関係を不当に破壊するものとして違法性を帯び、地方公共団体不法行為責任を生ぜしめるものといわなければならない。そして、前記住民自治の原則も、地方公共団体が住民の意思に基づいて行動する場合にはその行動になんらの法的責任も伴わないということを意味するものではないから、地方公共団体の施策決定の基盤をなす政治情勢の変化をもつてただちに前記のやむをえない客観的事情にあたるものとし、前記のような相手方の信頼を保護しないことが許されるものと解すべきではない。

これを本件についてみるのに、前記事実関係に照らせば、D前村長は、村議会の賛成のもとに上告人に対し本件工場建設に全面的に協力することを言明したのみならず、その後退任までの二年近くの間終始一貫して本件工場の建設を促し、これに積極的に協力していたものであり、上告人は、これによつて右工場の建設及び操業開始につき被上告人の協力を得られるものと信じ、工場敷地の確保・整備、機械設備の発注等を行つたものであつて、右は被上告人においても予想し、期待するところであつたといわなければならない。また、本件工場の建設が相当長期にわたる操業を予定して行われ、少なからぬ資金の投入を伴うものであることは、その性質上明らかである。このような状況のもとにおいて、被上告人の協力拒否により、本件工場の建設がこれに着手したばかりの段階で不可能となつたのであるから、その結果として上告人に多額の積極的損害が生じたとすれば、右協力拒否がやむをえない客観的事情に基づくものであるか、又は右損害を解消せしめるようななんらかの措置が講じられるのでない限り、右協力拒否は上告人に対する違法な加害行為たることを免れず、被上告人に対しこれと相当因果関係に立つ損害としての積極的損害の賠償を求める上告人の請求は正当として認容すべきものといわなければならない。

 三 以上によれば、前記の理由によつて、被上告人が前言をひるがえし本件工場建設に対する協力を拒否したことの違法を原因とする本訴請求を排斥した原判決は法令の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れない。右請求については、被上告人の本件工場建設に対する協力拒否がやむをえない事情に基づくものであるかどうか、右協力拒否と本件工場の建設ないし操業の不能との因果関係の有無、上告人に生じた損害の程度等の点につき更に審理を尽くす必要があると認められるので、本件のうち右請求に関する部分を原審に差し戻すこととする。
 本件上告中、被上告人村長が上告人提出の建築確認申請書の送付を怠つたことを理由とする損害賠償請求につき原判決の破棄を求める部分については、上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告理由を記載した書面を提出しないので、右上告は却下を免れない。