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海と民法八六条一項にいう土地

昭和61年12月16日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
海は、民法施行当時特定の者が排他的総括支配権を取得していたときを除いては、同法八六条一項にいう土地に当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/661/052661_hanrei.pdf

 一 原審が確定したところによれば、

(1) 第一審判決の第一ないし第三物件目録(原判決主文で一部訂正後のもの)記載の物件(「本件係争地」)は地目を池沼として土地登記簿に登記され、被上告人らはこれにつき同目録記載のとおりの共有持分の登記を経由していたところ、上告人名古屋法務局田原出張所登記官は、昭和四四年九月二四日第一及び第二物件目録記載の物件につき、同月二五日第三物件目録記載の物件につき、それぞれ登記原因及びその日付を「年月日不詳海没」とする滅失登記処分(「本件滅失登記処分」)をした(なお、登記管轄の変更により、第一物件目録記載の物件に係る上告人名古屋法務局田原出張所登記官の権限は、上告人名古屋法務局豊橋支局登記官に承継された。)、

(2) 本件係争地は、上告人名古屋法務局田原出張所登記官が本件滅失登記処分に先立ち実地調査を行つた昭和四四年九月二三日の秋分の日の満潮時においても、また、昭和五二年三月二一日の春分の日の満潮時においても、海水下に没していた、

(3) 本件係争地は、愛知県豊橋市a町、b町及びc町並びに同県渥美郡d町にまたがるd湾の沿岸に位置し、日二回の満潮時には海水下に没し干潮時には砂泥質の地表を海水上に現す干潟の一部である、

(4) d湾の潮の干満の差は最大約三メートルに達し、昭和四四年九月二三日の秋分の日のほぼ満潮時における本件係争地の水深は〇・六メートルないし二メートルであつたが、この潮の干満の程度は昔も今も余り変わらない、

(5) d湾は、古くから、藻草魚貝の採捕等を行う漁場となつており、船舶の出入りも行われている、

(6) 尾張国名古屋e町平民J(「J」)は、d湾内のa、b、c、f、g、h、i及びjの八か村地先の海面を埋め立て新田を開発することを計画し、安政五年(一八五八年)、徳川幕府から新田開発許可を受け、地代金三一両一分と永一四〇文を上納して開発に着手したが、資金の欠乏から失敗に終わつた、

(7) Jは、徳川幕府から新田開発許可を得ていることを理由に、明治七年七月二日、愛知県令Kに対し、前記八か村地先の海面の新開大縄反別一三七八町歩のうち本件係争地を含む新開反別八八七町九反歩につき、地券の下付を願い出て、同月四日、鍬下年季中の新開試作地として地券(「本件地券」)の下付を受けた、

(8) 本件係争地は、その後、地租台帳、土地台帳に池沼・汐溜として登載され、不動産登記法施行後は土地登記簿に池沼として登記された、

(9) 本件係争地は、埋立てをされないまま、Jから他へ転々と譲渡され、被上告人らは、その共有持分を取得し、前記のとおり共有持分の登記を経由した、というのである。

 二 そして、原判決は、

(1) 私法上の所有権の客体たる土地であるための要件としては、人による事実的支配が可能でありかつ経済的価値を有する地表面であることをもつて足りると解すべきであつて、海水下の地盤であつても、右の要件を充足する限り、これを土地と認めて差し支えがない、

(2) 本件係争地は、その現況及び過去の経緯にかんがみ、右の要件を充足し、所有権の客体たる土地に当たると認めることができる、

(3) Jは、被上告人らが主張するように、安政五年に徳川幕府から埋立ての目的で前記八か村地先の海面の払下げを受けて本件係争地の排他的総括支配権を取得したものである、と断定することは困難であるけれども、明治七年に本件地券の下付を受けたことにより本件係争地を含む前記新開反別八八七町九反歩の払下げを受けたものと認めるのが相当である、

(4) 本件係争地は、その後の譲渡により被上告人らにおいて共有持分を取得することとなつたものであり、本件係争地が海没により減失したものとしてされた本件滅失登記処分は、取消しを免れない、と判断した。

 三 上告理由は、(1) 所有権の客体となる民法八六条一項の土地とは日本領土内の陸地部分をいい、陸地と海との境界は春分の日及び秋分の日における満潮時の水際線であつて、原審の前記二(1)の判断は同項の解釈適用を誤るものである、(2) 仮に、原審の前記二(1)の判断が正当であるとしても、本件係争地が所有権の客体たる土地に当たるとした原審の認定判断には、理由不備、経験則違背の違法がある、というのである。

 四 不動産登記法による登記の対象となる土地とは、私法上の所有権の客体となる物としての土地をいう。所有権の客体となる物は、人が社会生活において独占的・排他的に支配し利用できるものであることを要する。日本領土内の陸地が所有権の客体たる土地に当たることについては疑いがないが、海水とその敷地(海床)とをもつて構成される統一体としての海が土地に当たるかどうかについては、一考を要する。

海は、社会通念上、海水の表面が最高高潮面に達した時の水際線をもつて陸地から区別されている。そして、海は、古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に供されてきたところのいわゆる公共用物であつて、国の直接の公法的支配管理に服し、特定人による排他的支配の許されないものであるから、そのままの状態においては、所有権の客体たる土地に当たらないというべきである。

しかし、海も、およそ人の支配の及ばない深海を除き、その性質上当然に私法上の所有権の客体となりえないというものではなく、国が行政行為などによつて一定範囲を区画し、他の海面から区別してこれに対する排他的支配を可能にした上で、その公用を廃止して私人の所有に帰属させることが不可能であるということはできず、そうするかどうかは立法政策の問題であつて、かかる措置をとつた場合の当該区画部分は所有権の客体たる土地に当たると解することができる。

そこで、現行法をみるに、海の一定範囲を区画しこれを私人の所有に帰属させることを認めた法律はなく、かえつて、公有水面埋立法が、公有水面の埋立てをしようとする者に対しては埋立ての免許を与え、埋立工事の竣工認可によつて埋立地を右の者の所有に帰属させることとしていることに照らせば、現行法は、海について、海水に覆われたままの状態で一定範囲を区画しこれを私人の所有に帰属させるという制度は採用していないことが明らかである。

しかしながら、過去において、国が海の一定範囲を区画してこれを私人の所有に帰属させたことがあつたとしたならば、現行法が海をそのままの状態で私人の所有に帰属させるという制度を採用していないからといつて、その所有権客体性が当然に消滅するものではなく、当該区画部分は今日でも所有権の客体たる土地としての性格を保持しているものと解すべきである。

ちなみに、私有の陸地が自然現象により海没した場合についても、当該海没地の所有権が当然に消滅する旨の立法は現行法上存しないから、当該海没地は、人による支配利用が可能でありかつ他の海面と区別しての認識が可能である限り、所有権の客体たる土地としての性格を失わないものと解するのが相当である。

原審の確定するところによれば、本件係争地は昔から海のままの状態にあるものであつて、海没地ではないことが明らかであるから、本件係争地が所有権の客体たる土地に当たるかどうかは、国が過去において本件係争地を他の海面から区別して区画し私人の所有に帰属させたことがあつたかどうかにかかるものということができる。

 五 まず、原審の確定するところによれば、本件係争地を含む前記八か村地先の海面については、Jが、安政五年に徳川幕府から新田開発許可を受け、地代金を上納して開発に着手したものの失敗に終つた、というのである。
 徳川幕府の新田開発許可は、当該開発地につき、開発権を付与する性格のものであつて、後の民法施行により所有権に移行するところの排他的総括支配権を付与するものではない。新田開発許可を受けた者は、開発を完了した後、幕府の検地を受けることによつて初めて、当該開発地に対する排他的総括支配権を取得するのであつて、一定期間内に開発を完了しないときは開発権も原則として没収されるのである。開発に先立ち上納する地代金も、開発対象地の売買代金ではなく、開発免許料ともいうべきものである(大阪控訴院大正七年二月二〇日判決)。
 そうすると、徳川幕府からJに対し新田開発許可があつただけで、埋立てがされないままの状態においては、徳川幕府が本件係争地をJの所有に帰属させたものということができず、本件係争地が所有権の客体たる土地としての性格を取得したものとはいうことができない。

 六 次に、原審の確定するところによれば、本件係争地については、Jが明治七年七月四日に鍬下年季中の新開試作地として本件地券の下付を受けた、というのである。
 当時の地券発行の根拠法令である明治五年二月二四日大蔵省達第二五号、同年七月四日大蔵省達第八三号、同年九月四日大蔵省達第一二六号、明治六年三月二五日太政官布告第一一四号及び同年七月二八日太政官布告第二七二号に照らすと、地券は、土地の所持(排他的総括支配権)関係を証明する証明文書であつて、土地を払い下げるための文書とか、権利を設定する設権文書ではないことが明らかである(大審院大正七年五月二四日判決、同昭和一二年五月一二日判決)。
 そうすると、本件地券の下付があつたからといつて、それによつて本件係争地がJに払い下げられ、Jの所持するところとなつたものということはできない。Jは、徳川幕府から新田開発許可を得ていることを理由に本件地券の下付を願い出たものであるが、前記のとおり、新田開発許可を得ただけで埋立てを行つていない状態では、本件係争地の排他的総括支配権を取得するいわれはないのであつて、本件地券は、実体関係に符合しないものであり、せいぜいが開発権を証明するものでしかないものといわざるをえない。したがつて、本件地券の下付によつても、国が本件係争地をJの所有に帰属させたものということができず、本件係争地が所有権の客体たる土地としての性格を取得したものということができない。
 そして、被上告人らは、本件係争地につき地券が下付され、本件係争地が土地登記簿に池沼として登記されていたという事実のほかに、本件係争地が固定資産税等の課税対象とされ、本件係争地と同様のd湾内の干潟の一部の共有持分につき海軍省による買上げ、大蔵省、愛知県及びd町による差押・公売処分が行われた等の事実を挙げ、被上告人らは本件係争地を時効取得したものであると主張するが、右の事実に照らし本件係争地につき公有水面埋立法に基づく埋立てを行うような場合には被上告人らに対する何らかの個別的な補償を要するものと解すべきかどうかはともかくとして、本件係争地がもともと所有権の客体たる土地としての性格を有していない以上は、被上告人らがこれを時効取得するいわれはない。

 七 ちなみに、明治四年八月大蔵省達第三九号(明治六年七月二〇日太政官布告第二五七号により廃止)は、「荒蕪不毛之地」の開墾を希望する者があれば入札のうえ払い下げるものとし、明治八年二月七日内務省達乙第一三号は、海面の開墾を希望する者があれば無償で下げ渡すものとしていたが、明治一二年三月四日内務省地理局通知「水面埋立願ニ付取調上心得」は、水面埋立てについては、まず埋立ての許可を与え、埋立工事が完了した時点で無代価で下与するか払い下げるものとし、明治一四年四月一五日内務省指令は、右の明治一二年三月四日内務省地理局通知の以前に払い下げられた海面のうち鍬下年季中に埋立ての成功しないものは国に返地させるべきものとした。そして、最高裁判所昭和五二年一二月一二日第一小法廷判決は、右の明治四年八月大蔵省達第三九号に基づき現場で区画を定めて私人に払い下げられその後陸地となつた海岸寄洲及び海面につき、「当時の法制によれば、海水の常時侵入する地所についても、これを払下げにより私人の取得しうる権利の対象としていたと解することができる」としたうえ、右の私人が払下げにより排他的総括支配権を取得したと判示した。当裁判所も、前叙のとおり、国において行政行為などにより海の一定範囲を区画し、他の海面から区分して私人の所有に帰属させるということが立法政策として行いえないことではないと解するものであるが、本件係争地は、右の明治四年八月大蔵省達第三九号、明治八年二月七日内務省達乙第一三号等に基づき私人に払い下げられたものではなく、また、埋め立てられずに海のままの状態にあるという点で、右の海岸寄洲及び海面とはその性格が異なり、右の第一小法廷判決は本件とは事案を異にするものというべきである。

八 以上のとおり、本件係争地は、昔から海のままの状態にあり、私法上の所有権の客体たる土地に当たるものとはいうことができない。そうすると、本件滅失登記処分は、本件係争地が登記されるべき土地として存在しないという実体的な法律状態に符合した処分であつて、これを違法ということはできない。

なお、本件係争地は、かつては陸地であつたが後に海没したというものではなく、もともと土地には当たらないものであるから、「不存在」又は「錯誤」を登記原因として表示登記の抹消登記をするのが本来の手続であつたというべきであるが、本件滅失登記処分も処分時の実体的な法律状態に符合した処分である以上、右の手続的瑕疵をもつて本件滅失登記処分の取消原因とすることはできない。

また、被上告人らは、本件滅失登記処分は専ら政治的配慮に基づいてされたものであると主張するが、本件係争地が登記の対象たる土地に当たらない以上は、右主張事由をもつて本件滅失登記処分の取消原因とすることはできない。

 九 したがつて、本件係争地が私法上の所有権の客体たる土地に当たり本件滅失登記処分を取り消すべきものとした原審及び第一審の判断は、法令の解釈を誤つたものといわざるをえず、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点をいう論旨は結局理由があり、原判決及び第一審判決は破棄又は取消しを免れない。

そして、既に説示したところによれば、本件滅失登記処分にはこれを取り消すべき違法はないというべきであるから、その取消しを求める被上告人らの本訴請求はこれを棄却すべきである。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官長島敦の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

民法

(不動産及び動産)
第八十六条 土地及びその定着物は、不動産とする。
2 不動産以外の物は、すべて動産とする。