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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

再審による無罪判決の確定と裁判の違法性

平成2年7月20日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
一 再審により無罪判決が確定した場合であっても、裁判官がした裁判につき国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が認められるためには、当該裁判官が、違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合であることを要する。
二 再審により無罪判決が確定した場合であっても、公訴の提起及び追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があったときは、検察官の公訴の堤起及び追行は、国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為に当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/742/052742_hanrei.pdf

上告理由第二の一、二及び第三について

裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるものではなく、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合にはじめて右責任が肯定されると解するのが当裁判所の判例最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決、昭和五七年三月一八日第一小法廷判決)であるところ、この理は、刑事事件において、上告審で確定した有罪判決が再審で取り消され、無罪判決が確定した場合においても異ならないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係の下においては、刑事第二審裁判所が上告人Aに対する殺人の公訴事実につき有罪の判決をし、同事件の上告審裁判所がこれを維持した点について国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものと認めることができない。したがって、被上告人の同法一条一項に基づく責任を否定した原審の判断は、正当として是認することができる。所論は、違憲をも主張するが、その実質は単なる法令違背の主張にすぎず、原判決に右違法のないことは前示のとおりである。また、所論引用の判例は、前記判断と異なる解釈をとるものではない。論旨は、独自の見解をもって原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二の三ないし五及び第三について

刑事事件において、無罪の判決が確定したというだけで直ちに検察官の公訴の提起及び追行が国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為となるものではなく、公訴の提起及び追行時の検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、右提起及び追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが当裁判所の判例最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決)であるところ、この理は、上告審で確定した有罪判決が再審で取り消され、無罪判決が確定した場合においても異ならないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係の下においては、検察官が上告人Aに対する殺人の公訴事実につき有罪の嫌疑があるとして本件公訴の提起をし、その追行をしたことについて、国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものと認めることができない。したがって、被上告人の同法一条一項に基づく責任を否定した原判決は、その説示において必ずしも適切でないところがあるが、これを是認することができる。論旨は、採用することができない。

その余の上告理由について

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。