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婚姻当事者以外の利害関係人の身分上の地位に及ぼす影響を考慮して婚姻無効確認請求が信義則に反するとはいえないとされた事例

 平成8年3月8日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
甲の父が甲の意思に基づかないで甲乙の婚姻の届出をした場合において、甲が右届出がされたことを知らずに丙との婚姻の届出をして二人の子をもうけたため、甲乙の婚姻が無効でないとされると甲丙の婚姻が重婚に該当するとして取り消される等婚姻当事者以外の利害関係人の身分上の地位に重大な影響を及ぼすおそれがあるなど判示の事実関係の下においては、甲と乙との間には実質的婚姻関係が継続し、乙としては甲の父が甲の意向を受けて右届出をしたと思っても不合理ではなかったなど判示の事情があったとしても、甲が届出意思の不存在を主張して甲乙の婚姻の無効確認請求をすることは、信義則に反するとはいえない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/148/073148_hanrei.pdf

 一 本件は、上告人が被上告人に対して、昭和二三年九月二日愛知県岡崎市長に対してされた上告人と被上告人の婚姻の届出(「本件届出」)は上告人の届出意思を欠くものであると主張して、本件届出に基づく婚姻の無効確認を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。

 1 上告人と被上告人は、大韓民国(「韓国」)の国籍を有する。
上告人と被上告人は、昭和二一年一月五日、愛知県瀬戸市所在の被上告人の実家で韓国式の結婚式を行い、同国の風習に従い、同日とその翌日を被上告人の実家で過ごし、その後三日間程度を愛知県岡崎市所在の上告人の実家で過ごした。上告人は、当時親元を離れて政治運動に熱中しており、被上告人との面識もなかったが、結婚式の前日に別の口実で呼び出されて双方の親が結婚を決めたことを初めて知らされ、抗議したものの、両親の懇請に負けて不本意ながら挙式には応じた。上告人は、風習による儀式終了後直ちに政治運動のため山形県鶴岡市に行き、その後は生活の本拠を東京に置くようになり、被上告人は、上告人の実家で生活することになった。
上告人と被上告人は、上告人が上告人の実家を訪れることはあったが、継続的に同居したことはない。

 2 上告人と被上告人の間には三人の子が生まれたが、一人は幼いころ死亡し、残りの二人は既に成人している。被上告人は昭和四三年に上告人の両親と別居したが、上告人はその後も、被上告人宅を訪れたり、生活費や養育費を送金したり、被上告人との間の子の結婚式に父親として参列したりした。

 3 上告人の父は、上告人と被上告人の間に一人目の子が生まれたことから、被上告人と相談の上、昭和二三年九月二日、愛知県岡崎市長に対して本件届出をした。
本件届出は上告人の意思に基づかないものであったが、被上告人は、上告人の父が上告人の意向を受けて本件届出をしたものと思っていた。この時点において本件届出に基づく婚姻は韓国当局に届け出られなかったので、平成元年までの間、韓国の戸籍には上告人と被上告人の婚姻の事実は記載されておらず、上告人も本件届出がされたことを知らなかった。

 4 上告人は、昭和五六年一月七日、韓国の国籍を有する 丙 との婚姻を韓国当局に届け出た。上告人と 丙 の間には二人の子がいる。

 5 被上告人は、平成元年二月二三日、上告人に無断で本件届出に基づく上告人との婚姻を韓国当局に届け出た。これにより韓国の戸籍に上告人と被上告人の婚姻の事実が記載されたため、上告人は、戸籍上重婚状態となった。上告人は、平成元年三月一六日に韓国の戸籍謄本を見て本件届出がされたことを初めて知り、同年六月一六日に本件訴訟を提起した。

 6 韓国国民の法意識としては成婚儀式の挙行によって婚姻の成立を認める事実婚の観念が根強く、上告人と被上告人もこのような法意識の影響を受けている。

 二 原審は、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの)一三条により婚姻の方式については婚姻挙行地である我が国の法律が適用され、本件届出は上告人の届出意思を欠くから上告人と被上告人の婚姻が有効に成立したとはいい難いとしながら、次の事情を考慮すると上告人が届出意思の不存在を主張することは信義則に反し許されないとして、上告人の請求を棄却すべきものとした。

 1 上告人の都合で別居生活を常態としていたものの上告人と被上告人の間には実質的婚姻関係が継続していた上、届出をしない合意も存在せず、被上告人としては、上告人の父が上告人の意向を受けて本件届出をしたと思っても不合理ではなく、上告人の正式の妻であるとの信頼の下に四〇年間過ごしてきたもので、その落ち度は認め難い。

 2 上告人と被上告人は、韓国の事実婚重視の法意識の影響下にあり、韓国の風習に従って結婚式等を行っているから、方式の不備による婚姻無効という結果は、我が国における法意識を前提とする以上に、被上告人にとって苛酷である。

 3 上告人は、被上告人との実質的婚姻意思を有し、婚姻生活を継続していたから、その態度には婚姻の届出をすることを被上告人に対して許容したとみられても仕方がないものがあった。

 三 しかしながら、原審の信義則に関する判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

婚姻の無効確認請求訴訟につき言い渡された判決は第三者に対しても効力を有することがあるから、婚姻の無効確認請求が信義則に照らして許されないかどうかは、婚姻の効力の有無が当該当事者以外の利害関係人の身分上の地位に及ぼす影響等をも考慮して判断しなければならない。

これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件届出に基づく婚姻が無効でないとされた場合には、上告人と 丙 の婚姻が重婚に該当するとして取り消される等、利害関係人に重大な影響を及ぼすおそれがあるのであって、そのことをも考慮すると、原審の説示するところのみによっては、上告人が届出意思の不存在を主張して本件届出に基づく婚姻の無効確認請求をすることが信義則に反するということはできない。

 四 以上によれば、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係の下においては本件届出に基づく婚姻は無効であるというべきであるから、上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消して、右請求を認容すべきである。