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養子縁組の当事者である夫婦の一方に縁組の意思がない場合に他方の配偶者について縁組が有効とされた事例

昭和48年4月12日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
一、夫婦が共同して養子縁組をするものとして届出がされたところ、その一方に縁組をする意思がなかつた場合には、原則として、縁組の意思のある他方の配偶者についても縁組は無効であるが、その他方と縁組の相手方との間に単独でも親子関係を成立させることが民法七九五条本文の趣旨にもとるものではないと認められる特段の事情がある場合には、縁組の意思を欠く当事者の縁組のみを無効とし、縁組の意思を有する他方の配偶者と相手方との間の縁組は有効に成立したものと認めることを妨げない。

二、甲男乙女夫婦を養親、幼児である丙を養子として届出のされた養子縁組につき、乙に縁組をする意思がなかつた場合であつても、右届出の当時、甲と乙とが別居しその婚姻共同生活の実体は少なくとも一〇年間は失われていて事実上の離婚状態が形成されていたものであり、甲および丙の親権者らは、乙とはかかわりなく甲丙間に縁組をする意思を有し、縁組後は、丙は、甲およびその事実上の妻丁に養育されて親子として生活をともにしており、甲丙間に親子関係が成立することは乙の意思にも反するものではなかつたなど判示の事実関係のもとにおいては、甲丙間においてのみ縁組を有効とすることを妨げない特段の事情が存在するものと認めるのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/080/052080_hanrei.pdf

民法七九五条本文は、配偶者のある者は、その配偶者とともにするのでなければ、養子縁組をすることができない旨を規定しているが、本来養子縁組は個人間の法律行為であつて、右の規定に基づき夫婦が共同して縁組をする場合にも、夫婦各自について各々別個の縁組行為があり、各当事者ごとにそれぞれ相手方との間に親子関係が成立するものと解すべきである。

しかるに、右の規定が夫婦共同の縁組を要求しているのは、縁組により他人との間に新たな身分関係を創設することは夫婦相互の利害に影響を及ぼすものであるから、縁組にあたり夫婦の意思の一致を要求することが相当であるばかりでなく、夫婦の共同生活ないし夫婦を含む家庭の平和を維持し、さらには、養子となるべき者の福祉をはかるためにも、夫婦の双方についてひとしく相手方との間に親子関係を成立させることが適当であるとの配慮に基づくものであると解される。

したがつて、夫婦につき縁組の成立、効力は通常一体として定められるべきであり、夫婦が共同して縁組をするものとして届出がなされたにもかかわらず、その一方に縁組をする意思がなかつた場合には、夫婦共同の縁組を要求する右のような法の趣旨に反する事態を生ずるおそれがあるのであるから、このような縁組は、その夫婦が養親側である場合と養子側である場合とを問わず、原則として、縁組の意思のある他方の配偶者についても無効であるとしなければならない。

しかしながら、夫婦共同縁組の趣旨が右のようなものであることに鑑みれば、夫婦の一方の意思に基づかない縁組の届出がなされた場合でも、その他方と相手方との間に単独でも親子関係を成立させる意思があり、かつ、そのような単独の親子関係を成立させることが、一方の配偶者の意思に反しその利益を害するものでなく、養親の家庭の平和を乱さず、養子の福祉をも害するおそれがないなど、前記規定の趣旨にもとるものでないと認められる特段の事情が存する場合には、夫婦の各縁組の効力を共通に定める必要性は失われるというべきであつて、縁組の意思を欠く当事者の縁組のみを無効とし、縁組の意思を有する他方の配偶者と相手方との間の縁組は有効に成立したものと認めることが妨げないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の認定するところによれば、昭和二六年九月一四日、上告人およびその夫Dと被上告人との養子縁組の届出が、上告人には全く無断でなされたこと、上告人は、DがEを妾として近所に住まわせるようになつたことが原因となつて、昭和一六年八月頃から、養子F(ただし、戸籍上はDのみの養子。)を連れてDと別居し、以後離婚届をするには至らなかつたものの、昭和三六年六月一四日にDが死亡するまで、ついに夫婦の共同生活を回復することなく、本件縁組届出の当時、Dと上告人との婚姻共同生活の実体は少なくとも一〇年間は失われていて、事実上の離婚状態が形成されていたものであること、他方、Dは、上告人が別居したのち間もなく、Eを自宅に住まわせて事実上の夫婦として同居生活をしていたところ、F以外には子がなかつたため、老後のことをも考え、Eの希望を容れて、近隣に住むG、同H夫婦の代諾により、その二女の被上告人(昭和二〇年生)を養子とする本件縁組をしたものであり、その際、Eは被上告人をDと自分との養子としたものと考え、縁組を世話した者にもGにも上告人との縁組という考えは毛頭なく、そのような趣旨で縁組の披露も行なわれたのであるが、Dとしては、事実上の妻Eとの家庭において被上告人を養子とするには、法律上ほかに方法がないため、上告人との共同縁組の形式をとつたものであること、被上告人は、上告人と生活をともにしたことはなく、縁組以後もつぱらDおよび事実上の養母のEの二人に養育され、Dが死亡するまで一〇年間親子として生活をともにしてきたこと、上告人は、昭和三一年頃、自己が戸籍上被上告人の養母となつていることを知り、Dにその理由をただしたが、同人がいずれうまく始末するというので、それ以上敢えて追求しなかつたものであつて、上告人としては、被上告人が自己の養子とされることは承諾せずその是正を求めたものの、Dの養子とされることは一貫して黙認していたこと、以上の事実が認められる。そして、右の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。)挙示の証拠関係に照らして、肯認することができる。

以上の事実関係のもとにおいては、被上告人の代諾権者であるG、同Hにおいても、Dにおいても、上告人との縁組の成否いかんにかかわらず、Dと被上告人との間に縁組を成立させる意思を有し、現実にもその間に親子関係の実体が形成されたものであり、Dと被上告人との間に単独に親子関係が成立することは、上告人の意思に反せず、Dもしくは上告人の家庭の平和を乱しまたは被上告人の福祉に反するものでもなかつたと解されるのであつて、Dについてのみ縁組を有効とすることを妨げない前示特段の事情が存在するものと認めるのが相当である。

したがつて、本件養子縁組がDと被上告人との間においては有効であると認めた原審の判断は、正当として是認することができる。