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 医師が末期がんの患者の家族に病状等を告知しなかったことが診療契約に付随する義務に違反するとされた事例

 平成14年9月24日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
 患者が末期がんにり患し余命が限られていると診断したが患者本人にはその旨を告知すべきでないと判断した医師及び同患者の担当を引き継いだ医師らが,患者の家族に対して病状等を告知しなかったことは,容易に連絡を取ることができ,かつ,告知に適した患者の家族がいたなどの判示の事情の下においては,診療契約に付随する義務に違反する。
(反対意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/088/076088_hanrei.pdf

 

 1 本件は,がんにより死亡したD(大正2年10月5日生)の相続人である被上告人らが,上告人が開設し運営する病院の医師がDを末期がんであると診断しながらその旨を同人又はその妻子である被上告人らに説明しなかったことにより,D及び被上告人らが精神的苦痛を被ったなどと主張して,慰謝料を請求する事案である。

原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,主に成人病に関する諸疾患の調査研究及び診断・治療を行うことを目的とする財団法人であり,秋田市内においてA医療センター(「本件病院」)を開設し運営している。
 平成2,3年当時,Dは,秋田市内において,妻であるB1と2人暮らしであり,Dの成人した子であるB2,同B3及び同B4は,Dと別居していた。被上告人B4は,Dの自宅の近所に居住し,同人と日常頻繁な行き来があり,被上告人B2もDと同じ秋田市内に居住しており,同人が末期がんである旨の後記告知を受けることにつき,両被上告人らに格別障害となるべき事情はなかった。Dは,昭和60年11月ころから,本件病院循環器外来に1,2週間に1度の割合で通院し,虚血性心疾患,期外収縮及び脳動脈硬化症等の治療を受けていた。

 (2) 本件病院において,平成2年10月26日,Dに対する上記疾患等の治療効果を確認するため,同人の胸部レントゲン撮影がされたところ,肺にコイン様陰影が認められた。このため,心臓病の担当医は,同年11月9日,当時,E大学医学部第二内科(循環器系,呼吸器系)講師で,毎週土曜日に本件病院の外来診察を担当していたF医師に,同レントゲン写真の解読等を依頼した。F医師は,同レントゲン写真等から,右肺野に小結節,左下肺野にそれよりも小さな結節が数個認められ,横隔膜角が鈍化し,胸水の貯留(腫瘍性のしん出液がたまるものと理解されている状態)が考えられたことから,原発巣が別臓器にあるか肺内転移であるか不明であるが,肺臓における多発性転移巣あるいは転移性の病変があると診断した。
 なお,その後の各検査結果等も総合すると,Dは,既に同年10月26日時点で,病期Ⅳに相当する進行性末期がんにり患しており,救命,延命のための有効な治療方法はなく,とう痛等に対する対症療法を行うしかない状況にあった。

 (3) F医師は,平成2年11月17日,初めてDを診察し,転移性,多発性のがんであって,手術によって治療することは不可能で化学療法も有用とは考えられないと判断し,同人の余命は長くて1年程度と予測した。
 F医師は,同年12月8日,同月29日及び同3年1月19日にもDを診察して上記診断内容を確認するなどし,同2年12月29日及び同3年1月19日の診察時には,前胸部の痛みを訴える同人に対し内服鎮痛剤を投与した。

 (4) F医師は,平成2年12月29日のDのカルテに末期がんであろうと記載した。また,同医師は,同3年1月19日の診察の際,Dから肺の病気はどうかとの質問を受けたが,D本人に末期がんであると告知するのは適当でないと考えていたことから,前からある胸部の病気が進行している旨を答えた。同医師は,Dの病状について家族に説明する必要があると考えていたが,本件病院における診察の担当から外れる見込みがあったことから,同日のカルテに,転移病変につき患者の家族に何らかの説明が必要である旨の記載をした。
 F医師は,Dの家族へ同人の病状を説明するために,上記診察の期間中に,1人で通院していたDに対し,入院して内視鏡検査を受けるように1度勧めたことがあったが,同人は病身の妻と2人暮らしであることを理由にこれを拒んでいた。また,F医師は,Dに対し,診察に家族を同伴するように1度勧めたことがあったが,その家族関係について具体的に尋ねることはなかった。

 (5) その後,F医師が本件病院における診察の担当から外れたため,平成3年2月9日及び同年3月2日,Dは,本件病院で他の医師の診察を受けたが,同医師は,とう痛対策のための処方を施すだけであった。結果として,F医師を含む本件病院の医師らは,Dに対して同人が末期がんあるいは末期的疾患である旨の説明をすることはなく,また,同人の家族に対して連絡を取るなどして接触することもなかった。

 (6) Dは,本件病院に通院し,担当医に胸部の痛みを訴えて治療を受けても,胸部の痛みが治まらなかったため,平成3年3月5日,被上告人B1が付き添って,E大学医学部附属病院整形外科を受診し,同科の紹介により,同月12日,同病院第二内科を受診した結果,末期がんと診断された。同月19日,同科の担当医は,被上告人B2らを同病院に呼び,同被上告人に対し,Dが末期がんである旨の説明をした。

 (7) Dは,E大学医学部附属病院の紹介により,平成3年3月23日,G病院に入院し,その後,入退院を繰り返したが,同年10月4日,入院先の同病院において,左じん臓がん,骨転移を原因とする肺転移,肺炎により死亡した。Dは,死亡に至るまで自己が末期がんである旨の説明を受けていなかった。

 (8) 本件病院の医師らは,カルテに記載の範囲内でDの家族関係等を把握することができた(Dのカルテには,同人の自宅の電話番号や同人が利用していた健康保険の被保険者である被上告人B2の氏名及びDが同被上告人の父であることなどが記載されていたことは記録上明らかである。)。しかし,Dの家族関係の詳細や同人の治療に対する家族の協力の見込みは不明であった。もっとも,F医師も,前記(4)以上には,これらの事実を把握するための措置を講じなかった。

 (9) 被上告人らは,本件病院の医師らからDが末期がんにり患している旨の告知を受けることができていたならば,より多くの時間を同人と過ごすなど,同人の余命がより充実したものとなるようにできる限りの手厚い配慮をすることができたと考えている。

 2 原審は,上記事実関係に基づき,本件病院の医師らは,Dが末期がんであることにほぼ確信を抱いていたものの,医師の合理的裁量によってD本人にがんである旨告知すべきではないと判断していたのであるから,同人にがんである旨を告知しなかったことをもって債務不履行及び不法行為があったということはできないが,D本人にがんである旨告知すべきでないと判断した以上,末期がんの患者を担当する医師として,Dの家族に対する告知の適否について速やかに検討すべき義務があり,そのためには,Dの家族に関する情報を収集し,必要であればDの家族と直接接触するなどして,その適否を判断する義務があったにもかかわらず,これを怠ったとして,Dに対する債務不履行又は不法行為による慰謝料として合計120万円の限度で被上告人らの請求を認容した。
 論旨は,原審の上記判断を不服とするものである。

 3 上記1の事実関係によれば,F医師は,初めてDを診察した平成2年11月17日に同人が治癒・延命可能性のない末期がんであると判断し,余命は長くて1年程度であると予測し,その後の診察でその旨を確認したが,D本人にがんである旨を告知すべきでないと判断したことから,同人にがんであることを察知されないようにしながら家族へ病状の説明をすべきであると考え,1人で通院していたDに対し,診察に家族を同伴するように1度勧め,また,Dに対し,内視鏡検査のためとして入院を1度勧めたものの,同人が病身の妻と2人暮らしであることを理由に入院を拒んだことから,それ以上に,家族の同伴を再度強く勧めたり,自ら又は非常勤である自らに代わる本件病院の適当な補助者を通じて,Dの家族への連絡を試みるなどして,Dの家族と接触しようと努めることもなく,F医師によるDの最後の診察となった同3年1月19日の時点まで漫然と時日を経過させた上,その後も,同人の家族に末期がんである旨の説明をしようと試みなかったものである。

さらに,F医師が本件病院における診察の担当から外れた後の同年2月9日及び同年3月2日にDを診察した本件病院の他の医師らも,F医師がDのカルテに転移病変につき患者の家族に何らかの説明が必要である旨の記載をしていたにもかかわらず,その診察時以降もなお,Dの家族への連絡を試みることもなく,Dの家族に末期がんあるいは末期的疾患である旨の説明をしようとしなかったものである。

ところで,医師は,診療契約上の義務として,患者に対し診断結果,治療方針等の説明義務を負担する。そして,患者が末期的疾患にり患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には,患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと,当該医師は,診療契約に付随する義務として,少なくとも,患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し,同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し,告知が適当であると判断できたときには,その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。

なぜならば,このようにして告知を受けた家族等の側では,医師側の治療方針を理解した上で,物心両面において患者の治療を支え,また,患者の余命がより安らかで充実したものとなるように家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり,適時の告知によって行われるであろうこのような家族等の協力と配慮は,患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからである。

【要旨】これを本件についてみるに,Dの診察をしたF医師は,前記のとおり,一応はDの家族との接触を図るため,Dに対し,入院を1度勧め,家族を同伴しての来診を1度勧め,あるいはカルテに患者の家族に対する説明が必要である旨を記載したものの,カルテにおけるDの家族関係の記載を確認することや診察時に定期的に持参される保険証の内容を本件病院の受付担当者に確認させることなどによって判明するDの家族に容易に連絡を取ることができたにもかかわらず,その旨の措置を講ずることなどもせず,また,本件病院の他の医師らは,F医師の残したカルテの記載にもかかわらず,Dの家族等に対する告知の適否を検討するためにDの家族らに連絡を取るなどして接触しようとはしなかったものである。

このようにして,本件病院の医師らは,Dの家族等と連絡を取らず,Dの家族等への告知の適否を検討しなかったものであるところ,被上告人B2及び同B4については告知を受けることにつき格別障害となるべき事情はなかったものであるから,本件病院の医師らは,連絡の容易な家族として,又は連絡の容易な家族を介して,少なくとも同被上告人らと接触し,同被上告人らに対する告知の適否を検討すれば,同被上告人らが告知に適する者であることが判断でき,同被上告人らに対してDの病状等について告知することができたものということができる。

そうすると,本件病院の医師らの上記のような対応は,余命が限られていると診断された末期がんにり患している患者に対するものとして不十分なものであり,同医師らには,患者の家族等と連絡を取るなどして接触を図り,告知するに適した家族等に対して患者の病状等を告知すべき義務の違反があったといわざるを得ない。

その結果,被上告人らは,平成3年3月19日にE大学医学部附属病院における告知がされるまでの間,Dが末期がんにり患していることを知り得なかったために,Dがその希望に沿った生活を送れるようにし,また,被上告人らがより多くの時間をDと過ごすなど,同人の余命がより充実したものとなるようにできる限りの手厚い配慮をすることができなかったものであり,Dは,上告人に対して慰謝料請求権を有するものということができる。

被上告人らの請求を一部認容した原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。

よって,裁判官上田豊三の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。