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弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が不法行為を構成する場合

 平成19年4月24日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成する。
(補足意見がある。)

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/555/034555_hanrei.pdf

上告人の上告受理申立て理由第2の1について

1 本件は,弁護士である上告人が,Y1 が代表者を務めるA(「A」)による懲戒請求等の申立てや訴訟の提起等が上告人の名誉又は信用を毀損するものとして不法行為に当たるなどと主張して,Y1 及びAの代理人弁護士として関与したY2 に対し,損害賠償として連帯して500万円及び遅延損害金を支払うよう求める事案である。

2 原審が適法に確定した事実関係の概要は次のとおりである。

(1) 当事者

ア 上告人は,栃木県足利市に法律事務所を設け,栃木県弁護士会に所属する弁護士である。

イ Y1 は,建築工事の請負などを業とするA(本店所在地は群馬県吾妻郡a町である。)の代表者であり,平成9年当時から現在まで新潟県上越市に居住している。

ウ Y2 は,東京都において法律事務所を設け,東京弁護士会に所属する弁護士である。

エ B(「B」)は,建築工事の請負などを業とする有限会社であり,平成9年当時から現在まで栃木県足利市に本店を置いている。

(2) 仮差押事件

ア Aは,平成9年2月20日ころ,宇都宮地方裁判所足利支部(「足利支部」)に対し,Bを債務者,Cを第三債務者とし,AがBに対して有する工事代金債権996万5633円の残代金238万2998円を請求債権,BがCに対して有する請負代金債権を仮に差し押さえるべき債権として,債権仮差押えを申し立てた(「別件仮差押事件」)。

イ Aは,平成9年2月20日,別件仮差押事件について50万円の担保(「本件担保」)を立て,Bに対する債権仮差押えの決定を受けた。同決定の正本は,同月22日,第三債務者であるCに送達された。

ウ 別件仮差押事件の申立ての手続は,Aの代表者であるY1 が自ら行った。

(3) 請負代金請求訴訟

ア Aは,平成11年,足利支部に対し,Bを被告として別件仮差押事件の本案である請負工事代金請求の訴え(「別件請負代金訴訟」)を提起したが,平成12年12月20日,請求棄却の判決を受けた。Aはこれを不服として控訴したが,東京高等裁判所は,平成13年6月27日,控訴棄却の判決を言い渡した。同判決は,同年7月17日に確定した。

イ 別件請負代金訴訟の第1審及び控訴審において,Y2 はAの訴訟代理人を,上告人はBの訴訟代理人をそれぞれ務めた。

(4) 損害賠償請求訴訟

ア Bは,Aが本件担保の取消しを申し立てたことに基づき,足利支部から本件担保について権利行使の催告を受けたことから,平成14年3月13日,同支部に対し,Aを被告として損害賠償請求の訴え(「別件損害賠償訴訟」)を提起し,Aによる別件仮差押事件の申立ては違法であり,Bはこの不法行為により経済的信用を毀損されたと主張した。これに対し,同支部は,同年9月24日,Bの請求をすべて認容し,Aに対し,Bへの50万円の支払を命じる判決を言い渡した。
Aは,これを不服として控訴したところ,その控訴審において,平成15年2月7日,裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。本件和解は,①Aは,同月28日限り,Bに対して解決金として20万円を支払う,②Bは,Aに対し,本件担保の取消しに同意し,その取消決定に対し抗告しないという内容のものであった。なお,Aは,現在に至るまで,本件和解において合意した解決金を支払っていない。

イ 上告人は,別件損害賠償訴訟の第1審及び控訴審においてBの訴訟代理人を,Y2 は,別件損害賠償訴訟の控訴審においてAの訴訟代理人をそれぞれ務めた。Y2 は,後記(5)のとおりAが上告人を被懲戒人として弁護士懲戒請求を申し立てた事実を秘したまま,Aの訴訟代理人として本件和解を成立させたものである。

ウ Aは,足利支部に対し,本件担保の取消しを申し立て,同年3月14日,その取消決定を受けた。

(5) Aによる懲戒請求

ア Aは,本件和解の成立に先立つ平成15年1月27日,上告人が所属する栃木県弁護士会に対し,上告人の懲戒を求める旨の申立て(「本件懲戒請求」)をした。本件懲戒請求の請求書には,①別件損害賠償訴訟は,足利支部に係属すれば,80歳という高齢であり,視力が微弱で,右眼は失明寸前の状態にあるY1 に対して,裁判所に出頭するのに丸1日を要するという耐え難いような過大な負担を強いることになるのに乗じて提起されたものであって,濫訴に類する,②このような訴訟を提起した上告人の訴訟行為は,弁護士の品位を損ねるものである旨が記載されていた。Y2 は,上記懲戒請求書を作成し,本件懲戒請求においてAの代理人を務めた。

イ 栃木県弁護士会は,同年3月11日,本件懲戒請求につき,上告人を懲戒しない旨の決定をした。上記決定書に添付された綱紀委員会の議決書には,主文として,被請求人を懲戒しないことを相当と認めると記載され,綱紀委員会の調査の結果として,①上告人が訴訟代理人として足利支部に別件損害賠償訴訟を提起したことは正当であり,非難される理由はないと判断される,②懲戒請求人の主張に係る上告人の行為は何ら非行に当たらない旨が記載されていた。

ウ Aは,日本弁護士連合会(「日弁連」)に対し,同年4月28日,懲戒請求書と題する書面を提出し,さらに,同年6月16日,異議申立書と題する書面を提出して,上記決定に対する異議の申出をした(以下「本件異議の申出」といい,本件懲戒請求と併せて「本件懲戒請求等」という。)。上記各書面は,いずれもY1 が作成した。

日弁連は,同年10月7日,本件異議の申出を棄却する旨の決定をした。上記決定書に添付された懲戒委員会の議決書には,主文として,本件異議の申出は棄却するのを相当とすると記載され,理由として,①本件異議の申出の理由は,要するに,栃木県弁護士会綱紀委員会の議決書記載の認定と判断は誤りであり,同弁護士会の決定には不服があるというにある,②当委員会が審査した結果,同議決書の認定と判断に誤りはなく,同弁護士会の決定は相当である旨が記載されていた。

(6) 取消訴訟
Aは,平成16年1月27日,東京高等裁判所に対し,日弁連を被告として本件異議の申出を棄却する決定の取消しを求める訴え(「別件取消訴訟」)を提起した。これに対し,同裁判所は,同年3月30日,懲戒請求人が異議申出を棄却する旨の日弁連の裁決に不服があるとしても裁判所に出訴してその取消しを求めることは許されないことを理由として,上記訴えを却下する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。Y2 は,別件取消訴訟の訴状を作成し,その訴訟手続において訴訟代理人を務めた。

3 原審は,次のとおり判示して,上告人の請求を全部棄却すべきものとした。

(1) 上告人は,別件取消訴訟の提起が上告人に対する不法行為を構成することに関して,どのような権利が侵害されたのかにつき具体的な主張,立証をしない上,別件取消訴訟が事実的,法律的根拠を欠くものであり,Y1 がこのことを知り,あるいは容易に知ることができたことや,Y1 が殊更上告人に不利益を被らせる目的で上記訴えを提起したなどの事情を認めるに足りる的確な証拠もないことに照らせば,別件取消訴訟の提起が不法行為に当たるとまではいえないから,これを理由とする上告人の請求は失当である。

(2) 弁護士の懲戒請求は,請求者において懲戒事由が存在しないことを認識し,あるいは容易に認識することができたにもかかわらず,当該弁護士の名誉を毀損したり,その業務を妨害する意図に基づいてされたものであるなど,当該懲戒請求に,弁護士の懲戒請求制度の趣旨を逸脱し,懲戒請求権の濫用と認められるなどの特段の事情が認められる限りにおいて,違法性を帯び,不法行為を構成する場合があり得るが,上記のような特段の事情が認められない限り,不法行為を構成するとはいえないと解するのが相当である。Aのした本件懲戒請求等は,事実上,法律上の裏付けを欠くものであったといわなければならないが,Aの代表者であるY1が法律家でないことや,Y1 の置かれた状況(Y 1が80歳という高齢であること,その視力が微弱で右眼は失明寸前であること,Y1 が住所地から足利支部に出頭するには丸1日を要すること)からすれば,Y1 が上告人に対する不満を抱いたことは,それが法律上正当な根拠のあるものではなかったとしても,全く理由のなかったものともいい難い。Y1 が本件懲戒請求等をしたことが,懲戒請求制度の趣旨を逸脱し,懲戒請求権の濫用と認められる等の特段の事情があったとまではいうことができない。
Y1 に不法行為が成立しない以上,特段の事情が認められない限り,Y1 からの依頼によって本件懲戒請求の請求書を作成したにすぎないY2 についても不法行為が成立することはないと解すべきところ,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 本件懲戒請求等について

ア 弁護士法58条1項は,「何人も,弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは,その事由の説明を添えて,その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と規定する。

これは,広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより,自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され,その制度が公正に運用されることを期したものと解される。

しかしながら,他方,懲戒請求を受けた弁護士は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。

そして,同項が,請求者に対し恣意的な請求を許容したり,広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかであるから,同項に基づく請求をする者は,懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように,対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負うものというべきである。

そうすると,同項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。

不法行為の成否に関する上記の基準は,平成15年法律第128号による改正前の弁護士法61条1項に基づき異議の申出をする場合についても同様に当てはまるものと解される。

イ 前記確定事実によれば,Aは自ら足利支部にBを被告として別件請負代金訴訟を提起したというのであり,BがAを被告として別件損害賠償訴訟を提起したのも,足利支部がAからの本件担保の取消しの申立てを受け,Bに対して本件担保について権利行使の催告をしたことによるというのであるから,Bが民訴法上の土地管轄を有する足利支部に別件損害賠償訴訟を提起するのは,法律上も,また事実経過からも当然のことであり,何ら違法,不当な行為であるということはできない。

したがって,上告人がBの訴訟代理人として同訴訟を足利支部に提起したことが弁護士としての品位を失うべき非行に当たるはずもなく,本件懲戒請求等が事実上,法律上の裏付けを欠くことは明らかである。

そして,Y1 は,法律家ではないとしても,Aによる別件仮差押事件の申立て当時から,その代表者として上記申立てを含めて事業活動を行っていた者であり,Bによる足利支部に対する別件損害賠償訴訟の提起が正当な訴訟行為であり,何ら不当なものではないことを十分に認識し得る立場にあったということができる。

そうすると,Y1 は,通常人としての普通の注意を払うことにより,本件懲戒請求等が事実上,法律上の根拠に欠けるものであることを知り得たにもかかわらず,あえてAの代表者としてこれを行ったものであって,本件懲戒請求等は,弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ,Y1 は,本件懲戒請求等による上告人の名誉又は信用の毀損について不法行為責任を負うというべきである。

また,Y2 は,別件請負代金訴訟の第1審及び控訴審並びに別件損害賠償訴訟の控訴審においてAの訴訟代理人として訴訟活動に携わり,かつ,法律実務の専門家である弁護士として,本件懲戒請求が事実上,法律上の根拠に欠けるものであることを認識し得る立場にあったことは明らかである。

Y2 は,それにもかかわらず,本件懲戒請求の請求書を作成し,本件懲戒請求につきAの代理人を務めたものであり,このような行為は弁護士懲戒請求の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるから,Y2 は,これによって上告人の名誉又は信用が毀損されたことについて不法行為責任を負うというべきである。

(2) 別件取消訴訟の提起について

原審は,Aによる別件取消訴訟の提起について,上告人はどのような権利が侵害されたのかにつき具体的な主張,立証をしていない上,Y において別件取消訴訟の提起が事実上,法律上の根拠を欠くものであることを知り,あるいは容易に知ることができたことや,Y1 が,殊更上告人に不利益を被らせる目的で上記の訴訟提起をしたなどの事情を認めるに足りる的確な証拠もないことを理由として,被上告人らの行為が不法行為に当たるとまではいえないとする。

しかしながら,上告人は,別件取消訴訟が本件異議の申出を棄却する決定に対する不服申立ての方法として提起されたことをもって,不法行為に当たると主張しているものであり,前記確定事実によれば,被上告人らは,別件取消訴訟を本件異議の申出を棄却する決定に対する不服申立ての方法と位置付けてこれを提起したものであることが認められる。

そして,前記のとおり,本件懲戒請求等が根拠のない懲戒事由に基づくものであるといえる以上,別件取消訴訟の提起も根拠のない懲戒事由に基づくものであり,これによっても上告人の名誉又は信用が毀損されるというべきである。

しかも,懲戒請求をした者は,異議の申出を棄却する日弁連の裁決に対して取消訴訟を提起することが法律上認められていないのである(最高裁昭和49年11月8日第二小法廷判決)。

そうすると,別件取消訴訟が事実上又は法律上の根拠に欠けるものであり,被上告人らが通常人としての普通の注意を払うことによりそのことを知り得たことは明らかであって,被上告人らは,別件取消訴訟の提起による上告人の名誉又は信用の毀損についても,不法行為責任を負うものというべきである。

(3) 損害について

被上告人らの上記不法行為により上告人が被った精神的損害に対する慰謝料の額は,前記確定事実に照らし,第1審判決が認容した50万円が相当というべきである。

5 以上と異なる見解の下に,上告人の前記1の請求を全部棄却すべきものとした原審の前記判断には法令の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,これと同旨をいう論旨は理由がある。

上記説示によれば,上告人の被上告人らに対する請求は,連帯して50万円及びこれに対する遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるから,原判決中,被上告人らの控訴に基づいて第1審判決を取り消し上告人の請求を棄却した部分(原判決主文第1,2項)を破棄した上,被上告人らの控訴を棄却することとする。

そして,上告人の前記1の請求のうち第1審判決の認容部分を超える請求部分について上告人の控訴を棄却した原審の判断は正当であり,また,被上告人らによる準備書面等の提出及び陳述を不法行為として主張する上告人の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,上告人のその余の上告を棄却することとする。