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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 いわゆる弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中にされた執行処分の効力

 令和5年3月2日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
執行処分が、民事執行法39条1項8号にいう債権者が債務名義の成立後に弁済を受けた旨を記載した文書(いわゆる弁済受領文書)の提出による強制執行の停止の期間中にされたものであったとしても、そのことにより当該執行処分が当然に無効となるものではない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/821/091821_hanrei.pdf

 

1 本件は、被上告人が、被上告人を債務者とする動産執行事件において第1審判決別紙物件目録1記載の物資搬送装置一式(「本件動産」)を買い受けた上告人に対し、本件動産の売却は無効であるなどと主張して、所有権に基づき、本件動産の引渡し等を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

上告人は、平成28年、被上告人に対し、被上告人が上告人の所有する土地を不法に占有しているなどと主張して、上記土地の明渡し及び賃料相当損害金の支払等を求める訴えを神戸地方裁判所尼崎支部に提起した。同裁判所は、同年、被上告人に対し、上記土地の明渡し及び同年4月1日から上記土地の明渡し済みまで1か月52万0542円の割合による遅延損害金(「本件損害金」)の支払等を命ずる判決を言い渡し、同判決は、その後確定した。

上告人は、平成30年1月12日、神戸地方裁判所尼崎支部執行官に対し、上記判決を債務名義とし、本件損害金の平成29年5月26日時点における未払額199万8209円の支払請求権等を請求債権として、被上告人を債務者とする動産執行の申立てをした(「本件動産執行事件」)。

執行官は、平成30年1月25日、上記申立てに基づき、被上告人が所有する本件動産を差し押さえた。執行官は、同月26日、本件動産の競り売り期日を同年2月23日午前9時30分と定めたが、その後、これを同年4月20日午前10時に変更した。

上告人は、同月12日、既発生の本件損害金の支払請求権全部が本件動産執行事件の請求債権であるとの誤った前提に立って、執行官に対し、当該請求債権の額が変更になることを知らせるため、「債権額変更上申書」と題する書面(「本件上申書」)を提出した。

本件上申書には、本件損害金のうち同年1月分までの全部及び同年2月分の一部について被上告人から入金があり、その結果、本件損害金の同年4月19日時点における未払額が93万4177円となる旨が記載されていた。

執行官は、同月20日、本件動産の競り売り期日を開き、上告人に対し、本件動産を代金100万円で売却し(「本件売却」)、これを引き渡した。

3 原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断し、本件動産の引渡しを求める被上告人の請求を一部認容した。

本件上申書は、民事執行法(「法」)39条1項8号にいう債権者が債務名義の成立後に弁済を受けた旨を記載した文書(「弁済受領文書」)に該当するから、執行官は、本件上申書の提出があった時から4週間、本件動産執行事件の手続を停止しなければならなかった。ところが、執行官は、この間に本件売却をしたものであり、本件売却には瑕疵がある。
本件売却の上記瑕疵は、重大かつ明白なものであるから、本件売却は、法律上当然に無効である。

4 所論は、本件売却が上記瑕疵により無効となるものとはいえないとして、原審の上記3 の判断に違法がある旨をいうものである。

5 法が執行処分に対する不服申立ての制度として執行抗告及び執行異議の各手続を設けている趣旨に照らすと、執行処分が執行手続に関する法令の規定に違反してされたものであったとしても、当該執行処分は、原則として、上記各手続により取り消され得るにとどまり、当然に無効となるものではないというべきである(大審院明治32年11月30日判決、大審院明治40年6月27日判決、最高裁昭和46年2月25日第一小法廷判決)。

法は、弁済受領文書の提出があったときに4週間に限って強制執行を停止しなければならないものと規定している(法39条1項8号、2項)。

これは、債務名義の成立後に請求債権が弁済されたとしても、その弁済によって直ちに当該債務名義の執行力が排除されるものではないところ、上記弁済をした債務者が、その執行力の排除を求めて請求異議の訴えを提起し、併せて強制執行の停止等を命ずる裁判(法36条1項、39条1項6号、7号)を得るためには相応の時間を要することから、弁済受領文書の提出という簡便な方法により短期間に限って強制執行を停止することとし、もって債務者の便宜を図ることをその趣旨とするものであると解される。

このような趣旨に照らせば、執行処分が弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中にされたものであったとしても、当該執行処分の瑕疵は、上記の原則の例外として当該執行処分が当然に無効となるほどに重大なものではないというべきである。

このことは、不動産に対する強制競売において、売却の実施の終了後に弁済受領文書の提出があったとしても、原則として手続を停止しないものとされていること(法72条3項)や、動産執行において、弁済受領文書の提出があったとしても、一定の場合には執行官が差押物を売却することができるものとされていること(法137条1項)からも明らかである。

以上によれば、執行処分が弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中にされたものであったとしても、そのことにより当該執行処分が当然に無効となるものではないというべきである。

したがって、本件売却は、弁済受領文書の提出による強制執行の停止の期間中にされたことにより当然に無効となるものではない。

6 以上と異なる原審の上記3 の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない(なお、上記事実関係によれば、上告人は、執行官に対し、本件動産執行事件の請求債権の額が93万円余に変更となる旨を知らせる目的で、その旨が記載された本件上申書を提出したものであり、これをもって弁済受領文書の提出があったとみることはできないというべきであるから、原審の上記3の判断にも法令の違反がある。)。

そして、以上に説示したところによれば、所有権に基づき本件動産の引渡しを求める被上告人の請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は正当であるから、上記部分につき、被上告人の控訴を棄却すべきである。 

 

 

In light of the fact that the law establishes both enforcement objection and enforcement protest procedures as systems for contesting enforcement actions, it should be said that even if the enforcement action violates the provisions of the law concerning enforcement procedures, such an enforcement action can be repealed by the aforementioned procedures in principle, and does not automatically become invalid.

The Civil Execution Act stipulates that forced execution must be suspended for a period of four weeks when a debt receipt document is submitted. This is interpreted as intending to facilitate the debtor by suspending the forced execution for a short period of time through the simple method of submitting a debt receipt document, given that even if the claimed debt has been repaid after the establishment of the debt title, the execution power of that debt title is not immediately eliminated by such repayment, and the debtor who has made the repayment needs a considerable amount of time to initiate a claim protest lawsuit to seek the elimination of that execution power, and to obtain a judgement ordering the suspension of forced execution, etc. (Article 36, Paragraph 1, Article 39, Paragraph 1, Items 6 and 7 of the Act).

In light of this intention, even if the enforcement action was taken during the period of suspension of forced execution due to the submission of the debt receipt document, it should be said that the flaw in the enforcement action is not so serious as to make the enforcement action automatically invalid as an exception to the above principle.