最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

いわゆる一項強盗による強盗殺人未遂罪ではなく窃盗罪又は詐欺罪といわゆる二項強盗による強盗殺人未遂罪との包括一罪になるとされた事例

昭和61年11月18日最高裁判所第一小法廷決定

裁判要旨    
甲と乙が、当初は丙を殺害してその所持する覚せい剤を強取することを計画したが、その後計画を変更し、共謀の上、まず甲において、覚せい剤取引の斡旋にかこつけて丙をホテルの一室に呼び出し、別室に買主が待機しているかのように装つて、覚せい剤の売買の話をまとめるためには現物を買主に見せる必要がある旨申し向けて丙から覚せい剤を受け取り、これを持つて同ホテルから逃走した後、間もなく、乙が丙のいる部屋に赴き丙を拳銃で狙撃したが殺害の目的を遂げなかつたという本件事案(判文参照)においては、いわゆる一項強盗による強盗殺人未遂罪は成立しないが、窃盗罪又は詐欺罪といわゆる二項強盗による強盗殺人未遂罪との包括一罪が成立する。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/866/051866_hanrei.pdf

 

所論にかんがみ、原判決の維持した第一審判決の認定事実第一に対する擬律の問題につき職権で判断する。
 一、二審判決の認定するところによると、本件事案の概要は次のとおりである。

被告人が属していた暴力団A一家と、被害者Bが属していた暴力団C会とは、かねて対立抗争中であつた。A一家D組組長Eは、知人である一、二審相被告人Fと話し合つた結果、FがかねてBを知つており、覚せい剤取引を口実に同人をおびき出せることがわかつたので、C会C組幹部であるBを殺害すればC会の力が弱まるし、覚せい剤を取ればその資金源もなくなると考え、Fにその旨を伝えた。

Fは、Bに対し、覚せい剤の買手がいるように装つて覚せい剤の取引を申し込み、Bから覚せい剤一・四キログラムを売る旨の返事を得たうえ、Gも仲間に入れ、昭和五八年一一月一〇日、D、その舎弟分のA一家H組組長I及びHの配下の被告人とa駅付近で合流した。

被告人、F、D、H、Gの五名が一緒にいた際に、Fは、被告人に対し「C会の幹部をホテルに呼び出す。二部屋とつて一つにC会の幹部を入れ、 もう一つの部屋にはお前が隠れておれ。俺が相手の部屋に行きしばらく話をしたのち、お前に合図するから、俺と一緒についてこい。俺がドアを開けるからお前が部屋に入つてチヤカ(拳銃)をはじけ。俺はそのとき相手から物(覚せい剤)を取つて逃げる」と言つて犯行手順を説明し、被告人もこれに同調した。

なお、この際、奪つた覚せい剤は全部Fの方で自由にするということに話がまとまつた。

ところが、その後、Fは右犯行手順の一部を変更し、被告人に対し「俺が相手の部屋で物を取りその部屋を出たあとお前の部屋に行つて合図するから、そのあとお前は入れ替わりに相手の部屋に入つて相手をやれ」と指示し、翌一一日午前に至り、福岡市a区bc丁目d番e号所在のMホテル三〇三号室にBを案内し、同人の持参した覚せい剤を見てその値段を尋ねたりしたあと、先方(買主)と話をしてくると言つて三〇九号室に行き、そこで待機している被告人及びGと会つて再び三〇三号室に戻り、Bに対し「先方は品物を受け取るまでは金はやれんと言うとる」と告げると、Bは「こつちも金を見らんでは渡されん」と答えてしばらくやりとりが続いたあと、Bが譲歩して「なら、これあんたに預けるわ」と言いながらFに覚せい剤約一・四キログラム(「本件覚せい剤」)を渡したので、Fはこれを受け取つてその場に居合わせたGに渡し、Bに「一寸待つてて」と言い、Gと共に三〇三号室を出て三〇九号室に行き、被告人に対し「行つてくれ」と述べて三〇三号室に行くように指示し、Gと共に逃走した。被告人はFと入れ替わりに三〇三号室に入り、同日午前二時ころ、至近距離からBめがけて拳銃で弾丸五発を発射したが、同人が防弾チヨツキを着ていたので、重傷を負わせたにとどまり、殺害の目的は遂げなかつた。

以上の事実は、記録に徴し概ねこれを是認することができる。

但し、一、二審判決が、被告人がFと入れ替わりに三〇三号室に入つたと判示している点については、記録によると、FとGは、三〇三号室でBから本件覚せい剤を受け取るや直ちに三〇九号室に赴き、そこで本件覚せい剤をかねて準備していたシヨルダーバツグに詰め込み、靴に履き替えるなどして、階段を三階から一階まで駆け降りてMホテルを飛び出し、すぐ近くでタクシーを拾い、N方面に向かつて逃走したが、Fは、三〇九号室において被告人に少し時間を置いてから三〇三号室に行くように指示し、被告人もFらが出ていつてから少し時間を置いて三〇三号室に向かつたことが認められ、したがつて、被告人がBに対し拳銃発射に及んだ時点においては、FとGはすでにMホテルを出てタクシーに乗車していた可能性も否定できないというべきであつて、一、二審判決の判示は、措辞やや不適切というべきである(Fが用いた口実からして、Bは、Fが買主に本件覚せい剤の品定めをさせ、値段について話し合い、現金を数えるなどしてから戻つて来ると誤信させられていたことになるから、文字どおりFと入れ替わりに被告人が三〇三号室に入るのはいかにも不自然である。)。

 右事実につき、原判決は、

(1) FはBの意思に基づく財産的処分行為を介して本件覚せい剤の占有を取得したとはいえず、これを奪取したものとみるべきであること、

(2) あらかじめ殺人と金品奪取の意図をもつて、殺害と奪取が同時に行われるときはもとより、これと同視できる程度に日時場所が極めて密着してなされた場合も強盗殺人罪の成立を認めるべきであること、

(3) このように解することは、強盗殺人(ないし強盗致死傷)罪が財産犯罪と殺傷犯罪のいわゆる結合犯であることや、法が事後強盗の規定を設けている趣旨にも合致すること、

(4) 本件の場合、もともとBを殺害して覚せい剤を奪取する計画であつたところ、後に計画を一部変更して覚せい剤を奪取した直後にBを殺害することにしたが、殺害と奪取を同一機会に行うことに変わりはなく、右計画に従つて実行していること、などの理由を説示して、被告人(及びF)に対しいわゆる一項強盗による強盗殺人未遂罪の成立を認め、これと結論を同じくする第一審判決を支持している。

しかしながら、まず、右(1)についてみると、前記一、二審認定事実のみを前提とする限りにおいては、FらがBの財産的処分行為によつて本件覚せい剤の占有を取得したものとみて、被告人らによる本件覚せい剤の取得行為はそれ自体としては詐欺罪に当たると解することもできないわけではないが(本件覚せい剤の売買契約が成立したことになつていないことは、右財産的処分行為を肯認する妨げにはならない。)、他方、本件覚せい剤に対するBの占有は、Fらにこれを渡したことによつては未だ失われず、その後FらがBの意思に反して持ち逃げしたことによつて失われたものとみて、本件覚せい剤の取得行為は、それだけをみれば窃盗罪に当たると解する余地もあり、以上のいずれかに断を下すためには、なお事実関係につき検討を重ねる必要がある。

ところで、仮に右の点について後者の見解に立つとしても、原判決が(2)において、殺害が財物奪取の手段になつているといえるか否かというような点に触れないで、両者の時間的場所的密着性のみを根拠に強盗殺人罪の成立を認めるべきであるというのは、それ自体支持しがたいというほかないし、(3)で挙げられている結合犯のことや、事後強盗のことが、(2)のような解釈を採る根拠になるとは、到底考えられない。

また、(4)で、もともとの計画が殺害して奪取するというものであつたと指摘している点も、現に実行された右計画とは異なる行為がどのような犯罪を構成するのかという問題の解決に影響するとは思われない。

本件においては、被告人が三〇三号室に赴き拳銃発射に及んだ時点では、Fらは本件覚せい剤を手中にして何ら追跡を受けることなく逃走しており、すでにタクシーに乗車して遠ざかりつつあつたかも知れないというのであるから、その占有をすでに確保していたというべきであり、拳銃発射が本件覚せい剤の占有奪取の手段となつているとみることは困難であり、被告人らが本件覚せい剤を強取したと評価することはできないというべきである。したがつて、前記のような理由により本件につき強盗殺人未遂罪の成立を認めた原判決は、法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。 

しかし、前記の本件事実関係自体から、被告人による拳銃発射行為は、Bを殺害して同人に対する本件覚せい剤の返還ないし買主が支払うべきものとされていたその代金の支払を免れるという財産上不法の利益を得るためになされたことが明らかであるから、右行為はいわゆる二項強盗による強盗殺人未遂罪に当たるというべきであり(暴力団抗争の関係も右行為の動機となつており、被告人についてはこちらの動機の方が強いと認められるが、このことは、右結論を左右するものではない。)、先行する本件覚せい剤取得行為がそれ自体としては、窃盗罪又は詐欺罪のいずれに当たるにせよ、前記事実関係にかんがみ、本件は、その罪と(二項)強盗殺人未遂罪のいわゆる包括一罪として重い後者の刑で処断すべきものと解するのが相当である。したがつて、前記違法をもつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。