法務大臣が出入国管理及び難民認定法49条3項所定の裁決をするに当たり裁決書を作成しなかったことが同裁決及びその後の退去強制令書発付処分を取り消すべき違法事由に当たらないとされた事例
平成18年10月5日最高裁判所第一小法廷判決
裁判要旨
法務大臣が出入国管理及び難民認定法49条3項所定の裁決をするに当たり裁決書を作成しなかったことは出入国管理及び難民認定法施行規則(平成13年法務省令第76号による改正前のもの)43条に違反するものであるが,容疑者は退去強制事由があることを争っていないこと,同条は上記裁決をするに当たって経ることが予定されている在留特別許可をするかどうかの判断につき書面の作成を求めるものではなく,容疑者は特別に在留を許可すべき事情として難民に該当することを主張して争っているが上記裁決以前の退去強制手続等においてはその旨の供述をしていなかったことなど判示の事情の下においては,上記の裁決書の不作成は上記裁決及びその後の退去強制令書発付処分を取り消すべき違法事由に当たるとはいえない。
(反対意見がある。)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/617/033617_hanrei.pdf
上告代理人の上告受理申立て理由について
1 本件は,不法残留を理由として被上告人東京入国管理局主任審査官から退去強制令書発付処分を受けた外国人である上告人が,同処分に先立って被上告人法務大臣がした出入国管理及び難民認定法49条3項に基づく裁決につき裁決書が作成されていないという違法があるなどと主張して,同裁決及び同処分の取消しを求めた事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり,平成2年12月12日,在留資格を短期滞在とし,在留期間を15日とする上陸許可を受けて本邦に上陸し,その後,在留期間の更新又は在留資格の変更を申請することなく,在留期間の満了日を超えて本邦に残留していた。
(2) 上告人は,同13年7月30日,不法残留の容疑により逮捕され,その後起訴されて,同年9月26日,東京地方裁判所において有罪判決を受けた。上告人は,同日,収容令書の執行を受け,同年10月18日,東京入国管理局入国審査官により,出入国管理及び難民認定法(平成13年法律第136号による改正前のもの。以下「法」という。)24条4号ロに該当するとの認定を受けた。上告人は,東京入国管理局特別審理官に対し,口頭審理を請求したが,口頭審理によっても同認定に誤りはないとの判定を受けたため,被上告人法務大臣に対し,法49条1項に基づき,異議の申出をした。
上記の異議の申出に際し,上告人は,法24条4号ロに該当すること自体については争っていなかった。また,上告人は,本邦に上陸した後,後記(4)記載の申請時までの間,難民認定申請手続を執ろうとした形跡はなく,上記の不法残留容疑に係る刑事手続や退去強制手続において,イラン・イスラム共和国政府ないしその関係機関から迫害を受けるおそれがあることを理由として同国を出国した旨の供述を全くしていなかった。
(3) 被上告人法務大臣は,同年11月16日,上告人の異議の申出が理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし,その通知を受けた被上告人東京入国管理局主任審査官は,本件裁決を上告人に告知するとともに,上告人に対し,退去強制令書を発付した。本件裁決に当たり,出入国管理及び難民認定法施行規則(平成13年法務省令第76号による改正前のもの。以下「規則」という。)43条所定の裁決書は作成されなかった。
(4) その後,上告人は,同14年6月27日,難民認定申請をしたが,被上告人法務大臣は,上記申請につき不認定とする処分をし,同15年3月3日付けで上告人に通知した。また,被上告人法務大臣は,上記処分につき上告人がした異議の申出には理由がない旨の決定を行い,同年7月31日付けで上告人に通知した。
3 論旨は,本件裁決に当たり被上告人法務大臣が裁決書を作成しなかったという瑕疵は,本件裁決とその後の退去強制令書発付処分の取消事由に当たるというので,以下,この点について検討する。
(1) 退去強制令書の発付は,外国人の出入国に関する処分であるから,行政庁の処分等についての不服申立てに関し一般的な手続を定める行政不服審査法に基づいて異議申立て及び審査請求をすることはできない(同法4条1項10号)。
他方,法は,退去強制令書の発付につき,入国審査官による審査,特別審理官による口頭審理及び法務大臣に対する異議の申出という一連の事前手続を定めている。
この手続において,入国審査官は,容疑者が法24条各号の一に該当すると認定したときは,理由を付した書面をもって,その旨を容疑者及び主任審査官に知らせなければならないとされている(法47条2項)。
これに対し,上記認定に対して容疑者が法48条1項に基づいて口頭審理の請求をした場合において,特別審理官が上記認定に誤りがないと判定するときは,その旨を容疑者及び主任審査官に知らせれば足り,同判定について書面をもってすべきこととはされていない(同条7項)。
また,上記判定に対して容疑者が法49条1項に基づいて異議の申出をした場合において,法務大臣が当該異議の申出が理由がないと裁決するときは,その結果を主任審査官に通知し,主任審査官は,法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,すみやかに容疑者に対しその旨を知らせることとされ,これらについて書面をもってすべきことは求められていない(同条3項,5項)。
もっとも,法69条の委任規定を受けて定められた規則43条は,法49条3項に規定する裁決は,別記第61号様式による裁決書によって行うものとする旨規定する。
そして,第61号様式は,主文のほか,事実の認定,証拠及び適用法条を記載すること,法務大臣が押印することを要求している。
しかしながら,他に,容疑者に対し,裁決書を交付すること又は裁決書の理由に当たる内容を通知することを予定するような規定は規則に置かれていない。
以上のとおり,法49条3項所定の裁決については,行政不服審査法の裁決に関する規定が適用されず,裁決は書面で行わなければならない旨規定している同法41条1項は適用されないこと,また,法においては,特別な不服申立手続が定められ,その一連の手続の一部である法49条3項所定の裁決については書面で行うべきものとはされておらず,同裁決の通知については法務大臣が直接容疑者に対して行うものとはされていないこと,さらに,容疑者に対し裁決書を交付することなどを予定した規則もないことなどに照らすと,規則43条が法務大臣の裁決につき裁決書によって行うものとすると規定した趣旨は,法務大臣が異議の申出に対し審理判断をするに当たり,その判断の慎重,適正を期するとともに,後続する手続を行う機関に対し退去強制令書の発付の事前手続が終了したことを明らかにするため,行政庁の内部において文書を作成すべきこととしたものにすぎないというべきである。
したがって,同条は,書面の作成を裁決の成立要件とするものではないと解するのが相当である。
そして,上記のとおり,容疑者に対して裁決書を交付することが予定されていないことからすると,同条は,容疑者に対し,裁決書により理由を明らかにして取消訴訟等を提起する便宜を与えるなどの手続的利益を保障したものではないというべきである。
(2) もとより,被上告人法務大臣が本件において裁決書を作成しなかったことが規則43条に違反するものであることは否定できない。
しかしながら,上記のとおり,同条は容疑者の手続的利益を保障することを直接の目的とするものではないし,また,前記事実関係によれば,上告人が法24条4号ロに該当することについては,本件裁決の前段階における認定及び判定の段階で明らかにされ,上告人も,このことを争っていなかったというのであるから,これを記載した裁決書が作成されなかったとしても,本件裁決における退去強制事由の有無についての被上告人法務大臣の慎重,適正な判断が損なわれたということはできず,また,その結論に影響を及ぼすものではないことが明らかである。
(3) ところで,法務大臣は,法49条3項の裁決に当たって,容疑者の異議の申出が理由がないと認める場合でも,特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは,その者の在留を特別に許可することができ(法50条1項),当該許可は,異議の申出が理由がある旨の裁決とみなされ,主任審査官は直ちに容疑者を放免しなければならない(同条3項,法49条4項)。
そして,規則42条4号は,法49条1項所定の法務大臣に対する異議の申出に際しては,退去強制が著しく不当であることを理由とすることを認めている。
そうすると,法務大臣が同条3項に基づき異議の申出が理由がない旨の裁決をするに当たっては,容疑者に特別に在留を許可すべき事情があるとはいえないとの判断を経ていることが予定されていると解される。
しかしながら,裁決書の作成を定める規則43条は,その文理上,法49条3項に規定する裁決に係る書面の作成を定めるにとどまり,法50条1項の規定により特別に在留を許可するかどうかの判断に係る書面の作成を求めるものではない。また,規則43条が定める別記第61号様式は,上記判断に係る事項を記載することを予定しているものと解することは困難である。これらの点に照らすと,法務大臣が異議の申出が理由がない旨の裁決をするに当たって,上記許可をしないとの判断をしたことに係る書面が作成されなかったとしても,直ちに同条に違反するものではないというべきである。
さらに,上告人は,本件訴訟においては,特別に在留を許可すべき事情として上告人が難民に該当することを主張しているが,前記事実関係によれば,上告人は,退去強制手続等において,イラン・イスラム共和国政府ないしその関係機関から迫害を受けるおそれがあることを理由として同国を出国した旨の供述をしておらず,本件裁決の時点では難民認定申請もしていなかったというのであるから,このことをも考慮すると,被上告人法務大臣が本件裁決をするに当たり,上告人には特別に在留を許可すべき事情がないと判断したことに関し書面を作成しなかったことが違法であるとはいえないと解すべきである。
(4) 以上のとおりであるから,本件裁決に当たり被上告人法務大臣が裁決書を作成しなかったという瑕疵は,本件裁決及びその後の退去強制令書発付処分を取り消すべき違法事由に当たるとまではいえないと解するのが相当である。
4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官泉徳治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
Court Summary:
While it is true that the Minister of Justice violated Article 43 of the Immigration Control and Refugee Recognition Act Enforcement Regulations by not creating a written judgment as per Article 49, paragraph 3 of the Immigration Control and Refugee Recognition Act, the accused is not contesting the presence of reasons for forced deportation. Furthermore, the said article does not demand the creation of written documentation regarding the decision of whether to grant special permission to stay in the country, a process expected to take place in making the above judgment. While the accused is arguing their status as a refugee as a special circumstance to be granted residence, they did not make such claims in their testimony during the previous deportation procedures and the like. Given these demonstrated circumstances, the absence of the said written judgment cannot be considered a legal reason to nullify the aforementioned judgment and the subsequent deportation order.