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任意同行を求めるため被疑者を職務質問の現場に長時間違法に留め置いたとしてもその後の強制採尿手続により得られた尿の鑑定書の証拠能力は否定されないとされた事例

 平成6年9月16日最高裁判所第三小法廷決定

裁判要旨    
一 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、いわゆる強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができる。
二 覚せい剤使用の嫌疑のある被疑者に対し、自動車のエンジンキーを取り上げるなどして運転を阻止した上、任意同行を求めて約六時間半以上にわたり職務質問の現場に留め置いた警察官の措置は、任意捜査として許容される範囲を逸脱し、違法であるが、被疑者が覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたことなどから運転を阻止する必要性が高く、そのために警察官が行使した有形力も必要最小限度の範囲にとどまり、被疑者が自ら運転することに固執して任意同行をかたくなに許否し続けたために説得に長時間を要したものであるほか、その後引き続き行われた強制採尿手続自体に違法がないなどの判示の事情の下においては、右一連の手続を全体としてみてもその違法の程度はいまだ重大であるとはいえず、右強制採尿手続により得られた尿についての鑑定書の証拠能力は否定されない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/156/050156_hanrei.pdf

 

所論にかんがみ、職権により判断するに、原判決が被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を認めたのは、次の理由により、結論において正当である。

一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、事件の経過は、次のとおりと認められる。

 1 福島県会津若松警察署A警部補は、平成四年一二月二六日午前一一時前ころ、被告人から、同警察署B駐在所に意味のよく分からない内容の電話があった旨の報告を受けたので、被告人が電話をかけた自動車整備工場に行き、被告人の状況及びその運転していた車両の特徴を聞くなどした結果、覚せい剤使用の容疑があると判断し、立ち回り先とみられる同県a方面に向かった。

 2 同警察署から捜査依頼を受けた同県猪苗代警察署のC巡査は、午前一一時すぎころ、国道四九号線を進行中の被告人運転車両を発見し、拡声器で停止を指示したが、被告人運転車両は、二、三度蛇行しながらb方面へ進行を続け、午前一一時五分ころ、磐越自動車道インターチェンジに程近い同県耶麻郡a町cの通称d交差点の手前(「本件現場」)で、C巡査の指示に従って停止し、警察車両二台もその前後に停止した。当時、付近の道路は、積雪により滑りやすい状態であった。

 3 午前一一時一〇分ころ、本件現場に到着した同警察署D巡査部長が、被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応ぜず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、D巡査部長は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた。

 4 午前一一時二五分ころ、猪苗代警察署から本件現場の警察官に対し、被告人には覚せい剤取締法違反の前科が四犯あるとの無線連絡が入った。午前一一時三三分ころ、A警部補らが本件現場に到着して職務質問を引き継いだ後、会津若松警察署の数名の警察官が、午後五時四三分ころまでの間、順次、被告人に対し、職務質問を継続するとともに、警察署への任意同行を求めたが、被告人は、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた。

他方、警察官らは、車に鍵をかけさせるためエンジンキーをいったん被告人に手渡したが、被告人が車に乗り込もうとしたので、両脇から抱えてこれを阻止した。

そのため、被告人は、エンジンキーを警察官に戻し、以後、警察官らは、被告人にエンジンキーを返還しなかった。

 5 右4の職務質問の間、被告人は、その場の状況に合わない発言をしたり、通行車両に大声を上げて近づこうとしたり、運転席の外側からハンドルに左腕をからめ、その手首を右手で引っ張って、「痛い、痛い」と騒いだりした。

 6 午後三時二六分ころ、本件現場で指揮を執っていた会津若松警察署E幹警部が令状請求のため現場を離れ、会津若松簡易裁判所に対し、被告人運転車両及び被告人の身体に対する各捜索差押許可状並びに被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状(「強制採尿令状」)の発付を請求した。午後五時二分ころ、右各令状が発付され、午後五時四三分ころから、本件現場において、被告人の身体に対する捜索が被告人の抵抗を排除して執行された。

 7 午後五時四五分ころ、同警察署F巡査部長らが、被告人の両腕をつかみ被告人を警察車両に乗車させた上、強制採尿令状を呈示したが、被告人が興奮して同巡査部長に頭を打ち付けるなど激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させた。

ところが、被告人の興奮状態が続き、なおも暴れて抵抗しようとしたため、同巡査部長らは、午後六時三二分ころ、両腕を制圧して被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、午後七時一〇分ころ、同県会津若松市e町所在のG病院に到着した。

午後七時四〇分ころから五二分ころまでの間、同病院において、被告人をベッドに寝かせ、医師がカテーテルを使用して被告人の尿を採取した。

二 以上の経過に即して被告人の尿の鑑定書の証拠能力について検討する。

 1 本件における強制採尿手続は、被告人を本件現場に六時間半以上にわたって留め置いて、職務質問を継続した上で行われているのであるから、その適法性については、それに先行する右一連の手続の違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断ずる必要がある(最高裁昭和六一年四月二五日第二小法廷判決)。

 2 そこで、まず、被告人に対する職務質問及びその現場への留め置きという一連の手続の違法の有無についてみる。

 (一) 職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。 

 (二) これに対し、その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。

 (三) しかし、右職務質問の過程においては、警察官が行使した有形力は、エンジンキーを取り上げてこれを返還せず、あるいは、エンジンキーを持った被告人が車に乗り込むのを阻止した程度であって、さほど強いものでなく、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまるものといえる。また、路面が積雪により滑りやすく、被告人自身、覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたのに、被告人があくまで磐越自動車道でf方面に向かおうとしていたのであるから、任意捜査の面だけでなく、交通危険の防止という交通警察の面からも、被告人の運転を阻止する必要性が高かったというべきである。

しかも、被告人が、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否するという態度を取り続けたことを考慮すると、結果的に警察官による説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面があるということができ、右のような状況からみて、警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったものとは認められない。

これら諸般の事情を総合してみると、前記のとおり、警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない。

 3 次に、強制採尿手続の違法の有無についてみる。

 (一) 記録によれば、強制採尿令状発付請求に当たっては、職務質問開始から午後一時すぎころまでの被告人の動静を明らかにする資料が疎明資料として提出されたものと推認することができる。
 そうすると、本件の強制採尿令状は、被告人を本件現場に留め置く措置が違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づき発付されたものと認められ、その発付手続に違法があるとはいえない。

 (二) 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。

けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。

その場合、右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。

本件において、被告人を任意に採尿に適する場所まで同行することが事実上不可能であったことは、前記のとおりであり、連行のために必要限度を超えて被疑者を拘束したり有形力を加えたものとはみられない。

また、前記病院における強制採尿手続にも、違法と目すべき点は見当たらない。

したがって、本件強制採尿手続自体に違法はないというべきである。

 4 以上検討したところによると、本件強制採尿手続に先行する職務質問及び被告人の本件現場への留め置きという手続には違法があるといわなければならないが、その違法自体は、いまだ重大なものとはいえないし、本件強制採尿手続自体には違法な点はないことからすれば、職務質問開始から強制採尿手続に至る一連の手続を全体としてみた場合に、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない。

 5 そうであるとすると、被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定することができ、これと同旨の原判断は、結論において正当である。