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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

 婚姻関係が既に破綻している夫婦の一方と肉体関係を持った第三者の他方配偶者に対する不法行為責任の有無

平成8年3月26日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/876/055876_hanrei.pdf

 

一 原審の確定した事実関係は次のとおりであり、この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。

 1 上告人と甲野春夫とは昭和四二年五月一日に婚姻の届出をした夫婦であり、同四三年五月八日に長女が、同四六年四月四日に長男が出生した。

 2 上告人と春夫との夫婦関係は、性格の相違や金銭に対する考え方の相違等が原因になって次第に悪くなっていったが、春夫が昭和五五年に身内の経営する婦人服製造会社に転職したところ、残業による深夜の帰宅が増え、上告人は不満を募らせるようになった。

 3 春夫は、上告人の右の不満をも考慮して、独立して事業を始めることを考えたが、上告人が独立することに反対したため、昭和五七年一一月に株式会社 D(「D」)に転職して取締役に就任した。

 4 春夫は、昭和五八年以降、自宅の土地建物を D の債務の担保に提供してその資金繰りに協力するなどし、同五九年四月には、D の経営を引き継ぐこととなり、その代表取締役に就任した。しかし、上告人は、春夫が代表取締役になると個人として債務を負う危険があることを理由にこれに強く反対し、自宅の土地建物の登記済証を隠すなどしたため、春夫と喧嘩になった。上告人は、春夫が右登記済証を探し出して抵当権を設定したことを知ると、これを非難して、まず財産分与をせよと要求するようになった。こうしたことから、春夫は上告人を避けるようになったが、上告人が春夫の帰宅時に包丁をちらつかせることもあり、夫婦関係は非常に悪化した。

 5 春夫は、昭和六一年七月ころ、上告人と別居する目的で家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、上告人は、春夫には交際中の女性がいるものと考え、また離婚の意思もなかったため、調停期日に出頭せず、春夫は、右申立てを取り下げた。その後も、上告人が D に関係する女性に電話をして春夫との間柄を問いただしたりしたため、春夫は、上告人を疎ましく感じていた。

 6 春夫は、昭和六二年二月一一日に大腸癌の治療のため入院し、転院して同年三月四日に手術を受け、同月二八日に退院したが、この間の同月一二日に D 名義で本件マンションを購入した。そして、入院中に上告人と別居する意思を固めていた春夫は、同年五月六日、自宅を出て本件マンションに転居し、上告人と別居するに至った。

 7 被上告人は、昭和六一年一二月ころからスナックでアルバイトをしていたが、同六二年四月ころに客として来店した春夫と知り合った。被上告人は、春夫から、妻とは離婚することになっていると聞き、また、春夫が上告人と別居して本件マンションで一人で生活するようになったため、春夫の言を信じて、次第に親しい交際をするようになり、同年夏ころまでに肉体関係を持つようになり、同年一〇月ころ本件マンションで同棲するに至った。そして、被上告人は平成元年二月三日に春夫との間の子を出産し、春夫は同月八日にその子を認知した。

二 甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となるのは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。

三 そうすると、前記一の事実関係の下において、被上告人が春夫と肉体関係を持った当時、春夫と上告人との婚姻関係が既に破綻しており、被上告人が上告人の権利を違法に侵害したとはいえないとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

 

 

"If Party A's spouse, Party B, has a sexual relationship with a third party, Party C, and at that time the marital relationship between Party A and Party B has already broken down, then, unless there are special circumstances, it is reasonable to interpret that Party C does not bear tort liability to Party A. However, the reason that Party C having a sexual relationship with Party B can be considered a tortious act against Party A is because it can infringe upon Party A's right to maintain the peace of their marital cohabitation or an interest worthy of legal protection. If the marital relationship between Party A and Party B has already collapsed, then, in principle, Party A cannot be said to possess such a right or interest deserving of legal protection."

 

弁護士中山知行