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公示送達  控訴の追完が認められた事例

平成4年4月28日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
原告が、訴えの目的である移転登記義務の履行について被告と継続的に和解の交渉をし、原告側の譲歩を内容とする和解成立も予想できる状況にありながら、被告から海外渡航により不在である旨告げられた期間中に訴えを提起し、従前の経緯を一切伏せたまま公示送達の許可を受けた上、勝訴判決を得た場合において、被告も右訴えが提起されることは予測し得ず、被告が住民登録の変更をしなかったのも原告の粗暴な言動を恐れたことによるなど判示の事情の下では、被告の控訴の追完は許される。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/652/062652_hanrei.pdf

 

一 記録によれば、本件第一審判決は、平成元年八月二二日東京地方裁判所八王子支部において言い渡され、同日公示送達の方法により上告人にその正本が送達され、翌二三日送達の効力を生じたが、上告人は、その控訴期間経過後である同年一〇月二日に至り、東京高等裁判所に対し、民訴法一五九条一項所定の事由を主張して控訴の申立てをしたものであることが明らかである。

二 原審が確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 被上告人は、昭和三八年二月八日、八王子市内の山林一筆を買い受け、同年三月、右土地を本件土地ほか一筆に分筆して、分筆後の右一筆を妻Dとの共有名義に、本件土地を上告人名義に、所有権移転登記を経由した。被上告人は、当時、東京都杉並区内のE荘で上告人と同棲中であったが、上告人と次第に不和となり、同人との間にFが出生した同年一二月ころE荘を出た。そこで、上告人は、以後E荘でFと共に生活するようになり、その住民票の住所も同所に定めていた。

 2 被上告人は、昭和五二年ころ、朝比純一弁護士を代理人として、上告人に対して、本件土地の名義変更を求める旨の調停の申立てをしたが、不調に終わった。
その後、被上告人は、昭和六二年ころから、再び本件土地の名義変更を上告人に求めるようになり、度々E荘を訪ねて上告人と交渉し、その際、感情的になつて玄関のドアをステッキでたたいたり、怒鳴ったりしたこともあった。

 3 そこで、上告人は、気性の激しい被上告人と直接交渉するのを嫌い、昭和六三年一一月ころE荘を出て、横浜、名古屋等で住込みの家政婦等をしながら生活するようになったが、住民登録の変更はしなかった。また、上告人は、時々E荘のF方や東京都中野区内に居住する妹方を訪ねることがあったが、同人らに自己の住所や連絡先を教えず、岐阜県土岐市の実家に居住する母に対しても同様であった。ただ、上告人は、家出後も、月に一回程度は朝比弁護士に自ら電話連絡をとり、同弁護士と会って前記交渉を継続したが、その際も自らの居所は明らかにしなかった。

 4 昭和六三年ころからは、被上告人の代理人として松嶋泰弁護士も交渉に参加し、本件土地を評価した上で金銭による解決をするか、他の等価値の土地と交換する方向での話合いを提案し、上告人も被上告人もこれに基本的に賛成した。そこで、被上告人は、本件土地の鑑定を依頼し、同年一二月本件土地の価格が二六一九万円である旨の報告を受け、同弁護士は、早速、上告人と交渉するためその実家やFの勤務先まで連絡したが、全く連絡が取れず、話合いに至らなかった。

 5 被上告人は、同月一九日、中野簡易裁判所に上告人を相手方として調停の申立てをし、第一回調停期日(平成元年二月六日)の呼出状が申立書副本とともにE荘あてに郵送されたが、上告人には到達せず、結局上告人は右期日には出頭しなかった。その間、松嶋弁護士は、上告人の実家の母に対し、上告人に至急連絡して欲しい旨を手紙で連絡したが、上告人からの連絡がないまま推移した。

 6 ところが上告人は、同年三月上京して松嶋、朝比両弁護士と会い、前記鑑定の書面の写しを渡されてその検討を求められ、本件土地の代替地を確保することを同弁護士らが約束すれば提案に応じてもよい、同年八、九月ころまで外国に行っている旨を話したが、この時も連絡先は教えなかった。

 7 被上告人は、第二回調停期日の特別送達による呼出状も不送達になったので、右調停を取り下げ、同年四月二五日、朝比弁護士、中村善一弁護士を訴訟代理人として、上告人に対し、真正な登記名義の回復を原因とする本件土地の所有権移転登記手続を求める本訴を東京地方裁判所八王子支部に提起した。そして、第一回口頭弁論期日(同年六月八日)の呼出状及び訴状副本をE荘の所在地あてに送達する手続がとられたが、転居先不明のため送達不能となった。中村弁護士は、その旨の連絡を受け、上告人の住民票を裁判所に提出するとともに、E荘に赴いて上告人が居住していないことを確認し、その転居先も調査をしたが判明しなかったので、同月三〇日、調査報告書その他の転居先不明の疎明資料を添付して公示送達の申立てをし、同年七月三日これが許可された。

 8 Fは、その間、同年六月ころ、被上告人あてに、上告人はE荘に居住しておらず、同年八、九月に帰国し、その後は中野区内の叔母方に住民票の住所を移す予定である旨記載した書面を送付した。

 9 その後、第二回口頭弁論期日(同年七月二七日)で弁論は終結され、同年八月二二日被上告人勝訴の第一審判決が言い渡され、右判決が確定したとして、被上告人は、同年九月一一日右判決に基づき本件土地につき自己名義に所有権移転登記を経由した。

 10 上告人は、この間、外国に出掛けるのを取り止めて横浜等で生活していたが、同年九月、登記完了通知が到達した旨を妹から聞知し、同月二六日登記簿謄本によって右事実を確認し、翌二七日裁判所に赴いて調査した結果、第一審の判決が上告人に対して公示送達の方法で送達されていることを知った。

三 原審は、右事実関係の下においては、上告人の責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかったものとはいえないから、控訴の追完は許されず、本件控訴を不適法として却下すべきであるとした。

四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

被告について送達をすべき場所が不明であるとして原告から公示送達の申立てがされ、一審判決正本の送達に至るまでのすべての書類の送達が公示送達によって行われた場合において、被告が、控訴期間の経過後に控訴を申し立てるとともにその追完を主張したときは、控訴期間を遵守することができなかったことについて民訴法一五九条にいう「其ノ責ニ帰スヘカラサル事由」の存否を判断するに当たり、被告側の事情だけではなく、公示送達手続によらざるを得なかったことについての原告側の事情をも総合的に考慮すべきであると解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、前記事実関係によると、被上告人やその代理人は、本訴提起の直前である平成元年三月に至るまで上告人と本件について継続的に和解の交渉をしており、被上告人側の譲歩を内容とする和解成立も予想できる状況にありながら、しかも、上告人が同年八、九月ころまで外国に行くとの連絡を受けていたにもかかわらず、その海外渡航による不在期間中に当たる同年四月二五日本訴を提起し、上告人がその住民登録をしたE荘に居住していないことを承知しながら、その旨を確認した上、その転居先不明として、同年七月三日裁判所から公示送達の許可を受け(記録によれば、本訴の提起を急がなければならない事情は見当たらないし、被上告人は、上告人が同年八、九月まで外国に行き、その後中野区内の叔母方に住民票の住所を移す予定である旨記載された前記書面を手中にしながらこれを裁判所に提出せず、それまでの交渉経緯等の一切の事情を伏せたまま手続を進めたことがうかがわれる。)、上告人不出頭のまま勝訴判決を得たのであり、上告人としても、同年八、九月までは本邦に不在であることを被上告人の代理人に連絡した以上、このような経緯で本訴が提起されることは予測し得なかったものというべきであり、被上告人の側には、公示送達制度を悪用したとの非難を免れない事情があるといわなければならない。

そして、これらの事情をも総合考慮すると、上告人が被上告人の粗暴な言動を恐れて住民登録の変更をせず、その居住場所、連絡先を被上告人に知らせなかったとの事情があったとしても、上告人は、その責めに帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかったものというべきである。

五 そうすると、これと異なる判断の下に本件控訴を不適法であるとして却下した原審の判断には、民訴法一五九条一項の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。したがって、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、本案について更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。 

 

"When the plaintiff filed a request for public notice service on the grounds that the place to serve the defendant was unknown, and all documents leading up to the delivery of the first-instance judgment's original copy were served by public notice, if the defendant, after the expiration of the appeal period, files an appeal and claims its supplementation, in determining the existence of the reasons which are "not attributable to the fault" as referred to in Article 159 of the Civil Procedure Law, it is appropriate to interpret that not only the circumstances on the defendant's side but also the reasons on the plaintiff's side for having to resort to public notice service should be comprehensively considered."

 

弁護士中山知行