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女性労働者につき妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置の,「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いの該当性

平成26年10月23日最高裁判所第一小法廷判決

裁判要旨    
性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いに当たるが,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらない。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/577/084577_hanrei.pdf

 

上告代理人の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

1 本件は,被上告人に雇用され副主任の職位にあった理学療法士である上告人が,労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を免ぜられ,育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから,被上告人に対し,上記の副主任を免じた措置は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(「均等法」)9条3項に違反する無効なものであるなどと主張して,管理職(副主任)手当の支払及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,医療介護事業等を行う消費生活協同組合であり,A病院(「本件病院」)など複数の医療施設を運営している。
上告人は,平成6年3月21日,被上告人との間で,理学療法士として理学療法の業務に従事することを内容とする期間の定めのない労働契約を締結し,本件病院の理学療法科(その後,リハビリテーション科に名称が変更された。以下,名称変更の前後を通じて「リハビリ科」という。)に配属された。

(2) 上告人は,その後,診療所等での勤務を経て,平成15年12月1日,再びリハビリ科に配属された。その当時,リハビリ科に所属していた理学療法士は,同科の科長を除き,患者の自宅を訪問してリハビリテーション業務を行うチーム(「訪問リハビリチーム」,その業務を「訪問リハビリ業務」)又は本件病院内においてリハビリテーション業務を行うチーム(「病院リハビリチーム」,その業務を「病院リハビリ業務」)のいずれかに所属するものとされており,上告人は訪問リハビリチームに所属することとなった。

(3) 上告人は,平成16年4月16日,訪問リハビリチームから病院リハビリチームに異動するとともに,リハビリ科の副主任に任ぜられ,病院リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされた。
その頃に第1子を妊娠した上告人は,平成18年2月12日,産前産後の休業と育児休業を終えて職場復帰するとともに,病院リハビリチームから訪問リハビリチームに異動し,副主任として訪問リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされた。

(4) 被上告人は,平成19年7月1日,リハビリ科の業務のうち訪問リハビリ業務を被上告人の運営する訪問介護施設であるB(「B」)に移管した。この移管により,上告人は,リハビリ科の副主任からBの副主任となった。

(5) 上告人は,平成20年2月,第2子を妊娠し,労働基準法65条3項に基づいて軽易な業務への転換を請求し,転換後の業務として,訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望した。これを受けて,被上告人は,上記の請求に係る軽易な業務への転換として,同年3月1日,上告人をBからリハビリ科に異動させた。その当時,同科においては,上告人よりも理学療法士としての職歴の3年長い職員が,主任として病院リハビリ業務につき取りまとめを行っていた。

(6) 被上告人は,平成20年3月中旬頃,本件病院の事務長を通じて,上告人に対し,手続上の過誤により上記(5)の異動の際に副主任を免ずる旨の辞令を発することを失念していたと説明し,その後,リハビリ科の科長を通じて,上告人に再度その旨を説明して,副主任を免ずることについてその時点では渋々ながらも上告人の了解を得た。
その頃,上告人は,被上告人の介護事務部長に対し,平成20年4月1日付けで副主任を免ぜられると,上告人自身のミスのため降格されたように他の職員から受け取られるので,リハビリ科への異動の日である同年3月1日に遡って副主任を免じてほしい旨の希望を述べた。
上記のような経過を経て,被上告人は,平成20年4月2日,上告人に対し,同年3月1日付けでリハビリ科に異動させるとともに副主任を免ずる旨の辞令を発した(以下,上告人につき副主任を免じたこの措置を「本件措置」という。)。

(7) 上告人は,平成20年9月1日から同年12月7日まで産前産後の休業をし,同月8日から同21年10月11日まで育児休業をした。
被上告人は,リハビリ科の科長を通じて,育児休業中の上告人から職場復帰に関する希望を聴取した上,平成21年10月12日,育児休業を終えて職場復帰した上告人をリハビリ科からBに異動させた。その当時,Bにおいては,上告人よりも理学療法士としての職歴の6年短い職員が本件措置後間もなく副主任に任ぜられて訪問リハビリ業務につき取りまとめを行っていたことから,上告人は,再び副主任に任ぜられることなく,これ以後,上記の職員の下で勤務することとなった。上記の希望聴取の際,育児休業を終えて職場復帰した後も副主任に任ぜられないことを被上告人から知らされた上告人は,これを不服として強く抗議し,その後本件訴訟を提起するに至った。

(8) 被上告人は,被上告人が運営する病院,診療所等の各部及び各科に配置する管理者の任務,権限,責任及びその任免について,「管理職務規定」を定めており,同規定が対象とする管理者の範囲は,部長,科長,課長,師長,医長,主任又は副主任の職位にある者とされている。また,被上告人の職員の給与については,その職種,経験,学歴,勤続年数等に応じて決定される基本給のほか,扶養手当,管理職手当等の諸手当があり,管理職手当の金額は,その職位ごとに定められており,副主任の場合は月額9500円とされていた。

3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。
本件措置は,上告人の同意を得た上で,被上告人の人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり,上告人の妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって,その裁量権の範囲を逸脱して均等法9条3項の禁止する取扱いがされたものではないから,同項に違反する無効なものであるということはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

(1)ア 均等法は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに,女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することをその目的とし(1条),女性労働者の母性の尊重と職業生活の充実の確保を基本的理念として(2条),女性労働者につき,妊娠,出産,産前休業の請求,産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている(9条3項)。そして,同項の規定を受けて,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則2条の2第6号は,上記の「妊娠又は出産に関する事由」として,労働基準法65条3項の規定により他の軽易な業務に転換したこと(「軽易業務への転換」)等を規定している。

上記のような均等法の規定の文言や趣旨等に鑑みると,同法9条3項の規定は,上記の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり,女性労働者につき,妊娠,出産,産前休業の請求,産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは,同項に違反するものとして違法であり,無効であるというべきである。

イ 一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ,上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば,女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが,当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度,上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。

そして,上記の承諾に係る合理的な理由に関しては,上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって,上記措置の前後における職務内容の実質,業務上の負担の内容や程度,労働条件の内容等を勘案し,当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から,その存否を判断すべきものと解される。

また,上記特段の事情に関しては,上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって,当該労働者の転換後の業務の性質や内容,転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況,当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに,上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって,上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して,その存否を判断すべきものと解される。

均等法10条に基づいて定められた告示である「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し,事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号)第4の3(2)が,同法9条3項の禁止する取扱いに当たり得るものの例示として降格させることなどを定めているのも,上記のような趣旨によるものということができる。

(2)ア これを本件についてみるに,上告人は,妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として,本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ,上記異動により患者の自宅への訪問を要しなくなったものの,上記異動の前後におけるリハビリ業務自体の負担の異同は明らかではない上,リハビリ科の主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質が判然としないこと等からすれば,副主任を免ぜられたこと自体によって上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か及びその内容や程度は明らかではなく,上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度が明らかにされているということはできない。

他方で,本件措置により,上告人は,その職位が勤続10年を経て就任した管理職である副主任から非管理職の職員に変更されるという処遇上の不利な影響を受けるとともに,管理職手当の支給を受けられなくなるなどの給与等に係る不利な影響も受けている。

そして,上告人は,前記2(7)のとおり,育児休業を終えて職場復帰した後も,本件措置後間もなく副主任に昇進した他の職員の下で,副主任に復帰することができずに非管理職の職員としての勤務を余儀なくされ続けているのであって,このような一連の経緯に鑑みると,本件措置による降格は,軽易業務への転換期間中の一時的な措置ではなく,上記期間の経過後も副主任への復帰を予定していない措置としてされたものとみるのが相当であるといわざるを得ない。

しかるところ,上告人は,被上告人からリハビリ科の科長等を通じて副主任を免ずる旨を伝えられた際に,育児休業からの職場復帰時に副主任に復帰することの可否等について説明を受けた形跡は記録上うかがわれず,さらに,職場復帰に関する希望聴取の際には職場復帰後も副主任に任ぜられないことを知らされ,これを不服として強く抗議し,その後に本訴の提起に至っているものである。

以上に鑑みると,上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度は明らかではない一方で,上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上,本件措置による降格は,軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず,上告人の意向に反するものであったというべきである。

それにもかかわらず,育児休業終了後の副主任への復帰の可否等について上告人が被上告人から説明を受けた形跡はなく,上告人は,被上告人から前記2(6)のように本件措置による影響につき不十分な内容の説明を受けただけで,育児休業終了後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会を得られないまま,本件措置の時点では副主任を免ぜられることを渋々ながら受け入れたにとどまるものであるから,上告人において,本件措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものとはいえず,上告人につき前記(1)イにいう自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないというべきである。

イ また,上告人は,前記のとおり,妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として,本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ,リハビリ科においてその業務につき取りまとめを行うものとされる主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質及び同科の組織や業務態勢等は判然とせず,仮に上告人が自らの理学療法士としての知識及び経験を踏まえて同科の主任とともにこれを補佐する副主任としてその業務につき取りまとめを行うものとされたとした場合に被上告人の業務運営に支障が生ずるのか否か及びその程度は明らかではないから,上告人につき軽易業務への転換に伴い副主任を免ずる措置を執ったことについて,被上告人における業務上の必要性の有無及びその内容や程度が十分に明らかにされているということはできない。

そうすると,本件については,被上告人において上告人につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障があったか否か等は明らかではなく,前記のとおり,本件措置により上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か等も明らかではない一方で,上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上,本件措置による降格は,軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず,上告人の意向に反するものであったというべきであるから,本件措置については,被上告人における業務上の必要性の内容や程度,上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り,前記(1)イにいう均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情の存在を認めることはできないものというべきである。

したがって,これらの点について十分に審理し検討した上で上記特段の事情の存否について判断することなく,原審摘示の事情のみをもって直ちに本件措置が均等法9条3項の禁止する取扱いに当たらないと判断した原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法がある。

5 以上のとおり,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記の点について更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子の補足意見がある。 

 

 

Summary of the Judgment
Demoting female workers based on the transition to lighter duties during pregnancy as stipulated in Article 65, Paragraph 3 of the Labor Standards Act is, in principle, considered a violation of the "Act on Securing, Etc. of Equal Opportunity and Treatment between Men and Women in Employment" Article 9, Paragraph 3. However, if there are objective and reasonable grounds to believe that the worker agreed to the demotion of her own free will, or if the employer faces operational difficulties such as smooth business operations or ensuring proper staffing without demoting the worker and transitioning her to lighter duties, and these actions are not substantially contrary to the intent and purpose of the aforementioned clause, then it is not considered a violation of the clause.

 

弁護士中山知行