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道路交通取締法施行令が事故の内容の報告義務を定めた部分の合憲性

昭和37年5月2日最高裁判所大法廷判決

裁判要旨    
 一 道路交通取締法施行令第六七条第二項にいう「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。
二 同条項中事故の内容の報告義務を定めた部分は、憲法第三八条第一項に違反しない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=56990

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/990/056990_hanrei.pdf

論旨は、要するに、原判決は被告人が自動車の運転により発生させた本件事故を所轄警察署の警察官に報告し、その指示を受けることをしなかつた事実を有罪と認定し、道路交通取締法二四条一項、二八条一号、同法施行令六七条二項により処罰した第一審判決を認容したが、右施行令六七条二項掲記の「事故の内容」には刑事責任を問われる虞のある事項も含まれるから、同項中その報告義務を定める部分は、自己に不利益な供述を強要するものであつて、憲法三八条一項に違反し無効である。したがつて、原判決中右有罪部分は破棄さるべきであると主張するにある。

しかしながら、道路交通取締法(以下法と略称する)は、道路における危険防止及びその他交通の安全を図ることを目的とするものであり、法二四条一項は、その目的を達成するため、車馬又は軌道車の交通に因り人の殺傷等、事故の発生した場合において右交通機関の操縦者又は乗務員その他の従業者の講ずべき必要な措置に関する事項を命令の定めるところに委任し、その委任に基づき、同法施行令(以下令と略称する)六七条は、これ等操縦者、乗務員その他の従業者に対し、その一項において、右の場合直ちに被害者の救護又は道路における危険防止その他交通の安全を図るため、必要な措置を講じ、警察官が現場にいるときは、その指示を受くべきことを命じ、その二項において、前項の措置を終つた際警察官が現場にいないときは、直ちに事故の内容及び前項の規定により講じた措置を当該事故の発生地を管轄する警察署の警察官に報告し、かつその後の行動につき警察官の指示を受くべきことを命じているものであり、要するに、交通事故発生の場合において、右操縦者、乗務員その他の従業者の講ずべき応急措置を定めているに過ぎない。法の目的に鑑みるときは、令同条は、警察署をして、速に、交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ、以つて道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図る等のため必要かつ合理的な規定として是認せられねばならない。しかも、同条二項掲記の「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等、交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。したがつて、右操縦者、乗務員その他の従業者は、警察官が交通事故に対する前叙の処理をなすにつき必要な限度においてのみ、右報告義務を負担するのであつて、それ以上、所論の如くに、刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中に含まれるものとは、解せられない。また、いわゆる黙秘権を規定した憲法三八条一項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきことは、既に当裁判所の判例(昭和二七年(あ)第八三八号、同三二年二月二〇日、大法廷判決、集一一巻二号八〇二頁)とするところである。したがつて、令六七条二項により前叙の報告を命ずることは、憲法三八条一項にいう自己に不利益な供述の強要に当らない。