後遺障害による逸失利益の算定に当たり事故後の別の原因による被害者の死亡を考慮することの許否
平成8年4月25日最高裁判所第一小法廷判決
裁判要旨
交通事故の被害者が後遺障害により労働能力の一部を喪失した場合における逸失利益の算定に当たっては、事故後に別の原因により被害者が死亡したとしても、事故の時点で、死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではない。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57064
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/064/057064_hanrei.pdf
一 原審の確定したところによれば、
(1) 昭和六三年一月一〇日、新潟県内の国道上において、被上告人B1株式会社が保有し、被上告人B2の運転する大型貨物自動車が、Dの同乗する普通貨物自動車と衝突し、Dは、右交通事故により脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負った(以下「本件交通事故」という。)、
(2) Dは、本件交通事故の後、山形県鶴岡市内の病院において入通院による治療を受けた結果、平成元年六月二八日には、知能低下、左腓骨神経麻痺、複視等の後遺障害(「本件後遺障害」)を残して症状が固定した、
(3) Dは、本件交通事故当時、大工として工務店に勤務していたものであるが、右の症状固定の後も就労が可能な状態になかったことから、毎日のように山形県西田川郡a町内の自宅付近の海で貝を探るなどしていたところ、同年七月四日、海中で貝を採っている際に心臓麻痺を起こして死亡した(「本件死亡事故」)、というのである。
二 Dの相続人である上告人らは、本件において、Dの本件後遺障害による労働能力の一部喪失を理由として、Dの症状固定時である四四歳から就労可能年齢六七歳までの間の逸失利益の損害を主張している。
原審は、Dの本件後遺障害による逸失利益があるとはしたものの、Dは本件交通事故と因果関係のない本件死亡事故により死亡したものであるところ、事実審の口頭弁論終結前に被害者の死亡の事実が発生し、その生存期間が確定して、その後に逸失利益の生ずる余地のないことが判明した場合には、後遺障害による逸失利益の算定に当たり右死亡の事実をしんしゃくすべきものであるとして、Dの死亡後の期間についての逸失利益を認めなかった。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。けだし、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく、その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。
また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。
四 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、Dは本件交通事故に起因する本件後遺障害により労働能力の一部を喪失し、これによる損害を生じていたところ、本件死亡事故によるDの死亡について前記の特段の事情があるとは認められないから、就労可能年齢六七歳までの就労可能期間の全部について逸失利益を算定すべきである。
したがって、これと異なる判断の下に、Dの死亡後の期間について本件後遺障害による逸失利益を認めなかった原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は上告人らの敗訴部分のうち平成五年二月二三日付け上告状補充書による不服申立て部分につき破棄を免れない。
そして、本件については、損害額全般について更に審理を尽くさせる必要があるから、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。