最高裁判例の勉強部屋:毎日数個の最高裁判例を読む

上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

他人の肖像,氏名等を含む商標について商標登録を受けるために必要な当該他人の承諾の有無を判断する基準時

平成16年6月8日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標について商標登録を受けるために必要な当該他人の承諾の有無を判断する基準時は,商標登録査定又は拒絶査定の時(拒絶査定に対する審判が請求された場合には,これに対する審決の時)である。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62584

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/584/062584_hanrei.pdf

1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人は,平成10年10月22日,「LEONARD KAMHOUT」の欧文字を横書きして成る商標(「本願商標」)につき,商標法施行令(平成13年政令第265号による改正前のもの)別表第1の第14類,第18類及び第25類のそれぞれ原判決別紙審決書記載の商品を指定商品として,商標登録出願(以下「本件出願」という。)をした。
(2) 本願商標は,アメリカ合衆国の彫金師であり,銀製アクセサリーのデザイナーであ
るD(「D」)の氏名から成る商標である。

本件出願時には,Dの承諾を示す書面の提出はなかったが,上告人は,平成11年1月26日,補正の内容を「同意書及びその訳文を別添のとおり提出する」とする手続補正書を特許庁に提出した。これに添付された平成10年12月1日付けのD作成の同意書には,上告人が本件出願に基づき商標登録を受けることに同意する旨の記載がある。

Dは,平成12年5月25日,提出刊行物を「同意書の撤回通知書の写し及びその訳文」とする刊行物等提出書を特許庁に提出した。この書面には,Dは上告人に対し同月24日付けの撤回通知書を送付して上記同意書による同意を撤回した旨の記載があり,同撤回通知書の写しが添付されている。
(3)  本件出願については,本願商標が商標法4条1項8号(「8号」)に該当することを理由として,拒絶をすべき旨の査定がされた。上告人は,これを不服として,拒絶査定に対する審判を請求した。この審判請求につき,特許庁において不服2000-20761号事件として審理された結果,平成15年3月14日,上告人の審判請求は成り立たない旨の審決がされた。

2 本件は,上告人が,上記審決には8号,商標法4条3項(「3項」)の解釈適用の誤りがあるなどと主張して,その取消しを求める訴訟である。

3 8号は,その括弧書以外の部分(「8号本文」)に列挙された他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標は,括弧書にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとする規定である。その趣旨は,肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると解される。したがって,8号本文に該当する商標につき商標登録を受けようとする者は,他人の人格的利益を害することがないよう,自らの責任において当該他人の承諾を確保しておくべきものである。

また,3項は,8号に該当する商標であっても,商標登録出願の時(「出願時」)に8号に該当しないものについては,8号の規定を適用しない旨を定めている。これは,商標法4条1項各号所定の商標登録を受けることができない商標に当たるかどうかを判断する基準時が,原則として商標登録査定又は拒絶査定の時(拒絶査定に対する審判が請求された場合には,これに対する審決の時)であることを前提として,出願時には,他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標に当たらず,8号本文に該当しなかった商標につき,その後,査定時までの間に,出願された商標と同一名称の他人が現れたり,他人の氏名の略称が著名となったりするなどの出願人の関与し得ない客観的事情の変化が生じたため,その商標が8号本文に該当することとなった場合に,当該出願人が商標登録を受けられないとするのは相当ではないことから,このような場合には商標登録を認めるものとする趣旨の規定であると解される。

8号及び3項の上記趣旨にかんがみると,3項にいう出願時に8号に該当しない商標とは,出願時に8号本文に該当しない商標をいうと解すべきものであって,出願時において8号本文に該当するが8号括弧書の承諾があることにより8号に該当しないとされる商標については,3項の規定の適用はないというべきである。したがって,

【要旨】出願時に8号本文に該当する商標について商標登録を受けるためには,査定時において8号括弧書の承諾があることを要するのであり,出願時に上記承諾があったとしても,査定時にこれを欠くときは,商標登録を受けることができないと解するのが相当である。

これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本願商標は出願時に8号本文に該当するものであり,査定時において上告人が本願商標につき商標登録を受けることについてDの承諾がなかったことは明らかであるから,本件出願は,本願商標が8号に該当することを理由として,拒絶されるべきものである。

4 以上によれば,原審の判断は正当として是認することができる。