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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

被災者生活再建支援法に基づき被災者生活再建支援金の支給決定をした被災者生活再建支援法人が支給要件の認定に誤りがあることを理由として当該決定を取り消すことができるとされた事例

令和3年6月4日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
東日本大震災により被害を受けた世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定の下に被災者生活再建支援法に基づき被災者生活再建支援金の支給決定がされた場合において,当該世帯の居住する住宅の被害の程度が客観的には半壊に至らないものであったなど判示の事情の下では,当該決定をした被災者生活再建支援法人は,上記認定に誤りがあることを理由として,当該決定を取り消すことができる。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90362

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/362/090362_hanrei.pdf

 

上告人は,被災者生活再建支援法(令和2年法律第69号による改正前のもの。以下「支援法」という。)に基づき,宮城県から被災者生活再建支援金(「支援金」)の支給に関する事務の委託を受けた被災者生活再建支援法人(「支援法人」)である。被上告人らは,上告人から支援金の支給を受けた者又はその相続人である(以下,この支給された支援金を「本件各支援金」という。)。
本件本訴は,上告人が本件各支援金の支給決定(以下「本件各支給決定」という。)を支給要件の認定の誤りを理由に取り消す旨の決定(以下「本件各取消決定」という。)をしたことから,被上告人らが,本件各支給決定を取り消すことは許されないと主張して,上告人を相手に,本件各取消決定の取消しを求める事案である。本件反訴は,上告人が,本件各取消決定により被上告人らが本件各支援金を保持する法律上の原因を失ったと主張して,被上告人らに対し,本件各支援金相当額の不当利得返還を求める事案である。 

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支援法は,自然災害によりその生活基盤に著しい被害を受けた者に対して支援金を支給するための措置を定めることにより,その生活の再建を支援し,もって住民の生活の安定と被災地の速やかな復興に資することを目的とするものである(1条)。そして,支援金の支給要件は,支援法2条2号の定義する「被災世帯」に該当すること,すなわち,その居住する住宅が所定の自然災害により所定の程度以上の被害を受けた世帯であることのみであって(同条,支援法3条1項),当該世帯が経済的に困窮しているか否かを問わないものとされている。また,支援金の額も,同条2項から5項までに法定されており,支援法2条2号イからハまで所定の全壊等か同号ニ所定の大規模半壊に当たるかの別と,一人のみの世帯か否かの別,及び居住する住宅を建設,購入,補修又は賃借する場合の定額加算により一律に定まるのであって(本件各世帯については37万5000円~150万円と定められた。),実際の損失額や今後の住宅の建替えや補修等に必要となる額に応じて支援金の額が決定されるものではない。
上記のような支援法の目的,内容等に照らすと,支援法は,その目的を達成するための手段として,自然災害による被害のうち住宅に生じたものに特に着目し,その被害が大きく,所定の程度以上に達している世帯のみを対象として,その被害を慰謝する見舞金の趣旨で支援金を支給するという立法政策を採用したものと解される。そして,支援法は,その目的を達成するため,支給要件である被災世帯に該当するか否かについての認定を迅速に行うことを求めつつ,公平性を担保するため,その認定を的確に行うことも求めているものと解される。

前記事実関係等によれば,東日本大震災による本件マンションの被害の程度は客観的には一部損壊にとどまり,本件各世帯は,東日本大震災による被害を受けているものの,支援法の規定する「被災世帯」には該当しなかったのであるから,本件各支給決定は,本件各世帯の被災世帯該当性についての認定に誤りがあるという瑕疵を有するものといわざるを得ない。そして,この瑕疵は,前記で説示したところによれば,支援法の規定する支援金の支給要件の根幹に関わるものというべきである。

なお,上記瑕疵が生じた原因は,本件各支給決定がされた当時,申請に係る世帯が被災世帯に該当するか否かの認定を市町村が交付する罹災証明書に依拠して行う取扱いがされていた状況の下で,本件マンションの被害の程度について,a区長が交付した本件証明書の認定に誤りがあったことにある。この誤りについては,罹災証明書の交付が市町村の自治事務地方自治法2条8項)に属すると解されることや本件の事実経過,当時の多数の被災状況等に照らせば,上告人と本件世帯主らのいずれか一方の責めに帰すべき事由によって生じたものであるということはできない。罹災証明書を用いて支援金の支給に関する事務を迅速かつ効率的に処理する利益という点に着目しても,この利益を上告人のみが享受しているとはいえないし,この点や本件証明書の認定に関する誤りの責任の所在等から,本件証明書の内容が変更されるリスクを上告人が負担すべきということはできない。

本件各支給決定の効果を維持することによって生ずる不利益を更に検討すると,その効果を維持した場合には,支援金の支給に関し,東日本大震災により被害を受けた極めて多数の世帯の間において,公平性が確保されないこととなる。このような結果を許容することは,支援金に係る制度の適正な運用ひいては当該制度それ自体に対する国民の信頼を害することとなる。

また,支援金は,都道府県の拠出金及び国の補助金が財源となっており(支援法9条2項,18条等),その全てが究極的には国民から徴収された税金その他の貴重な財源で賄われているところ,本件各支給決定の効果を維持した場合には,その財源を害することになる。

さらに,支援金の支給には迅速性が求められるところ,本件のような誤った支給決定の効果を維持するとした場合には,今後,市町村において,自然災害による被害の認定をして罹災証明書を交付するに当たり,その認定を誤らないようにするため,過度に慎重かつ詳細な調査,認定を行うことを促すことにもなりかねず,かえって支援金の支給の迅速性が害されるおそれがある。

上記のような事態は,いずれも支援金に係る制度の安定的かつ円滑な運用を害しかねないものであるから,本件各支給決定の効果を維持することによる不利益は,住民の生活の安定と被災地の速やかな復興という支援法の目的の実現を困難にする性質のものであるということができる。

その一方で,本件各支給決定を取り消すことによって生ずる不利益を検討すると,その取消しがされた場合には,本件世帯主らにとっては,その有効性を信頼し,あるいは既に全額を費消していたにもかかわらず,本件各支援金相当額を返還させられる結果となる。このことによる負担感は,本件世帯主らが既に東日本大震災による被害を受けていることも勘案すると,小さくないといわざるを得ない。

しかしながら,前記のとおり,本件世帯主らは,支援法上,本件各支援金に係る利益を享受することのできる法的地位をおよそ有しないのである。また,本件世帯主らは,既に利益を得たことに対応して金員の返還を求められているにとどまり,新たな金員の拠出等を求められているわけではない。これらを踏まえると,上記のような結果となることは誠にやむを得ないものといわざるを得ない。

なお,本件各支給決定を取り消すことにより,支援金の受給者一般においてこれをちゅうちょなく使用できるという利益が一定の制約を受けるという点についても,そのようなおそれが全くないわけではないが,そのことにより,上記判断が左右されるものではない。 

以上に加え,本件各支給決定を取り消すまでの期間が不当に長期に及んでいるともいい難いことをも併せ考慮すると,前記瑕疵を有する本件各支給決定については,その効果を維持することによって生ずる不利益がこれを取り消すことによって生ずる不利益と比較して重大であり,その取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められる。
したがって,上告人は,本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定に誤りがあることを理由として,本件各支給決定を取り消すことができるというべきである。

以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中被上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,本件各取消決定は適法であるから,その取消しを求める本訴請求は理由がなく,また,本件各支援金に係る不当利得返還を求める反訴請求は理由がある。したがって,本訴請求を棄却するとともに反訴請求を認容した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。