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上告理由を発見するためには常日頃から最高裁判例を読む習慣が有効:弁護士中山知行/富士市/TEL0545-50-9701

いわゆる花押を書くことと民法968条1項の押印の要件

平成28年6月3日最高裁判所第二小法廷判決

裁判要旨    
いわゆる花押を書くことは,民法968条1項の押印の要件を満たさない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85930

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/930/085930_hanrei.pdf

花押の例 

https://www.aiweb.or.jp/aiin/HTM/F0500201.HTM

1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人Y1,同Y2及び被上告人は,いずれも亡Aの子である。
(2) Aは,平成15年5月6日付けで,第1審判決別紙1の遺言書(「本件遺言書」)を作成した。本件遺言書は,Aが,「家督及び財産はXを家督相続人としてa家を継承させる。」という記載を含む全文,上記日付及び氏名を自書し,その名下にいわゆる花押を書いたものであるが,印章による押印がない。
(3) Aは,平成15年7月12日,死亡した。Aは,その死亡時に,第1審判決別紙物件目録記載の土地(「本件土地」)を所有していた。本件土地につき,Aを所有者とする所有権移転登記がされている。 

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花押を書くことは,印章による押印とは異なるから,民法968条1項の押印の要件を満たすものであると直ちにいうことはできない。
そして,民法968条1項が,自筆証書遺言の方式として,遺言の全文,日付及び氏名の自書のほかに,押印をも要するとした趣旨は,遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁平成元年2月16日第一小法廷判決),我が国において,印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。
以上によれば,花押を書くことは,印章による押印と同視することはできず,民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。

以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中被上告人の請求に関する部分は破棄を免れない。そして,被上告人の予備的主張について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。