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甲が丁の強迫により消費貸借契約の借主となり貸主乙に指示して貸付金を丙に給付させた後に右強迫を理由に契約を取り消した場合の乙から甲に対する不当利得返還請求につき甲が右給付により利益を受けなかったものとされた事例

平成10年5月26日最高裁判所第三小法廷判決

裁判要旨    
甲が丁の強迫により消費貸借契約の借主となり貸主乙に指示して貸付金を丙に給付させた後に右強迫を理由に契約を取り消したが、甲と丙との間には事前に何らの法律上又は事実上の関係はなく、甲が丁の言うままに乙に対して貸付金を丙に給付するように指示したなど判示の事実関係の下においては、乙から甲に対する不当利得返還請求について、甲が右給付によりその価額に相当する利益を受けたとみることはできない。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52598

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/598/052598_hanrei.pdf

一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告人は、平成三年三月一五日、Dから強迫を受けて、被上告人との間に、上告人が被上告人から三五〇〇万円を弁済期日同年六月一五日、利息年三割六分の割合等の約定により借り受ける旨の本件消費貸借契約を締結した。この際、上告人は、Dの指示に従って、被上告人に対し、貸付金はE株式会社の当座預金口座に振り込むよう指示し、被上告人は、これに応じて、利息等を控除した残金三〇三三万七〇〇〇円を、右口座に振り込んだ。
2 上告人は、平成六年二月二四日、被上告人に対し、Dの強迫を理由に本件消費貸借契約を取り消す旨の意思表示をした。

二 本件において、被上告人は、上告人は本件消費貸借契約に基づき給付された金員につき悪意の受益者に当たるとして、民法七〇四条に基づき、被上告人がEの当座預金口座に振り込んだ金員のうち二九四一万七九一七円及びこれに対する上告人が悪意となった日の後である平成三年六月一六日から支払済みまで年一割五分の割合による利息の支払を求めている。

原審は、被上告人が前記のとおり振込みを行ったのは上告人の指示に基づくものであったから、上告人は右振込みに係る金員の交付を受けてこれを利得したというべきであるなどとして、被上告人の不当利得返還請求について、利息の割合を民法所定の年五分として、これを認容した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

消費貸借契約の借主甲が貸主乙に対して貸付金を第三者丙に給付するよう求め、乙がこれに従つて丙に対して給付を行った後甲が右契約を取り消した場合、乙からの不当利得返還請求に関しては、甲は、特段の事情のない限り、乙の丙に対する右給付により、その価額に相当する利益を受けたものとみるのが相当である。けだし、そのような場合に、乙の給付による利益は直接には右給付を受けた丙に発生し、甲は外見上は利益を受けないようにも見えるけれども、右給付により自分の丙に対する債務が弁済されるなど丙との関係に応じて利益を受け得るのであり、甲と丙との間には事前に何らかの法律上又は事実上の関係が存在するのが通常だからである。
また、その場合、甲を信頼しその求めに応じた乙は必ずしも常に甲丙間の事情の詳細に通じているわけではないので、このような乙に甲丙間の関係の内容及び乙の給付により甲の受けた利益につき主張立証を求めることは乙に困難を強いるのみならず、甲が乙から給付を受けた上で更にこれを丙に給付したことが明らかな場合と比較したとき、両者の取扱いを異にすることは衡平に反するものと思われるからである。 

しかしながら、本件の場合、前記事実関係によれば、上告人とEとの間には事前に何らの法律上又は事実の関係はなく、上告人は、Dの強迫を受けて、ただ指示されるままに本件消費貸借契約を締結させられた上、貸付金をEの右口座へ振り込むよう被上告人に指示したというのであるから、先にいう特段の事情があった場合に該当することは明らかであって、上告人は、右振込みによって何らの利益を受けなかったというべきである。

そうすると、右とは異なり、上告人の指示に基づき被上告人がEに対して貸付金の振込みをしたことにより上告人がこれを利得したとして、被上告人の不当利得返還請求の一部を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決中右請求の一部を認容した部分は、破棄を免れない。そして、右部分について、被上告人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきである。